2.ヨルシカ | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年3月号(通算233号)女傑味 大伴坂上郎女2.ヨルシカ
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白馬のおじさまが死んでから、たくさんの男が言い寄ってくるようになった。
「美しい若未亡人がいるそうな」
「なんと、知太政官事さまのオンナだったそうな」
「帝(聖武天皇)ほか多くのお偉方とお知り合いだそうな」
「色々貢いでもらっていただろうから、米も銭もお宝もぎょうさん持っているそうな」
「出世したい男には、もってこいの女!」
「ねらえ、逆玉!」
それでも、あたしは集まってくる男たちにはなびかなかった。
「下心ある男とは付き合わない。恋人は自分で見つけるわ」
ある日、黒馬の貴公子が目の前を通り過ぎた。
さわやかなのに、何か影のある優男だった。
「キュンです!」
あたしは黒馬の貴公子の周りをうろつくようになった。
これみよがしに、あざとい仕草や素振りをしまくってやった。
そして、
「僕の亀、見に来ない?」
近づいてきたところをパクっと捕まえてやった。
その黒馬の貴公子こそ、奈良時代初期最強の権力者・藤原不比等を父に持つ藤原麻呂だ(「改元味」「藤原氏系図」参照)。
娘子らが玉櫛笥なる玉櫛の神さびけむも妹に逢はずあれば
よく渡る人は年にもありといふをいつの間にぞも我が恋ひにける
むし衾なごやが下に伏せれども妹とし寝ねば肌し寒しも
あたしは麻呂との恋に溺れた。
しかし、あたしが熱を上げれば上げるほど、彼は引いていった。
あたしが早熟で何でも知っているのもドン引きらしかった。
そしてとうとう、彼の黒馬があたしの家に来ることはなくなってしまった。
佐保川の小石踏み渡りぬばたまの黒馬来る夜は年にもあらぬか
千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむ時もなし我が恋ふらくは
来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを来むとは待たじ来じと言ふものを
千鳥鳴く佐保の川門の瀬を広み打橋渡す汝が来と思へば
佐保川の岸のつかさの柴な刈りそねありつつも春し来らば立ち隠るがね
あたしは寂しくて泣いた。
「お兄ちゃん〜」
異母兄の大伴宿奈麻呂に泣きつこうとしたが、
「よせよ。人が見てる」
と、逃げられた。
でも、誰も見ていない時は優しくて、夜な夜な訪ねてきてくれた。
昼間はつれないので、夜しか慰めてくれなかった。
夜しか優しくされなかったのに、二人の娘が生まれてしまった。
二人の娘とは、大伴坂上大嬢と坂上二嬢だ。
夫になった兄さんは、神亀年間(724〜729)頃に死んでしまった。