★ 初午祭の女

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自民党総裁選2021
★ 初午祭の女

 二月の初午の日は、全国稲荷社の創立祭です(「モチ味」参照)
 この日には、今の昔も多くの参詣客がやって来ます。
 千年前の平安時代も同じでした。
 京中の人々が伏見稲荷大社
(ふしみいなりたいしゃ。京都市伏見区)に詣でたのです。

「みんな! 今日は初午(はつうま)だ! お稲荷さんに行こう!」
 左右近衛府
(さゆうこのえふ。「古代官制」参照)でも稲荷詣は恒例行事になっていました。
「おう! 行こう行こう!」
「酒と肴
(さかな)を忘れるな」
「僕は菓子を持っていく」
 尾張兼時
(「毒物味」参照)、下野公助、茨田重方、茨田為国、秦武員、軽部公友ら近衛舎人たちは、それぞれ従者に荷物を持たせて伏見稲荷に向かいました。
「桜は咲いているかな?」
 兼時は楽しみでした。
「おいらは花より団子だな」
 武員は食いしん坊でした。
「俺は花より団子よりオナゴだぜ」
 重方は助平でした。

 伏見稲荷の中社(本社)はすごい人混みでした。
「混んでるねー」
「今年はいつもより多いね」
「おいらたちと同じ近衛の人々も来ているかな?」
 女子たちが騒ぎ出しました。
「あの人たち、近衛だって」
「え! 近衛舎人!? 道理で身なりがパシッとしてるわー」
「コノエノトネリ? 何それ?」
「帝
(みかど)を守っている、強くてかっこいい男たちよ」
「キャー、すてきー!」
「どこ? どこ? あの人たち!? ひゃー! まじ、カッケー!!」
「うふーん。帝より、うちらを守ってぇ〜!」

 黄色い声に近衛舎人たちは悪い気はしませんでした。
 しかし彼らは騒いでいる女子たちより、おしとやかに歩いていた壺装束
(つぼしょうぞく)の美女に目がいきました。
「お!」
 目ざとく見つけたのは、やはり助平な重方でした。
 彼はクイクイと兼時の袖
(そで)を引っ張ると、壺装束の美女を指差してニヤリとしました。
「うん、美人だねー」
 兼時は同意しましたが、公助は疑いました。
「わからないぞ。市女笠
(いちめがさ)の下はブスかも」
 為国は論評しました。
「なるほど。濃い紫の上着に紅梅
(こうばい)色や萌黄(もえぎ)色などで重ね着か。着こなしはいい」
 武員は腕を組んで眺め見ました。
「歩き方が何ともクネクネと艶
(なま)めかしいな。笠の下も美人に違いない」
「だろ?」
「美人すぎてキツネの化身かもな」
「お稲荷さんだけに」
「ハハハ!」

 兼時らは笑って立ち去っていきましたが、重方だけは壺装束の美女に声をかけました。
「彼女ぉ〜、ひとりいぃ〜?」
 重方は近づいて顔をのぞき込もうとしましたが、笠と虫の垂れ衣でよく見えません。
 兼時は去り際に注意しておきました。
「やめとけ。嫁さんに怒られるぞ」
「大丈夫だって〜、ここにはいないんだし〜」
 重方はなれなれしく美女の肩を抱きましたが、拒否られました。
「奥さんがいらっしゃるんだったら、奥さんのところに帰ったらいかがですか?」
「奥さん? あー、いちおういるけどね、顔がサルみたいだし、性悪なんで離婚しようと思っていたところですよ。そんな折り、ちょうど奇跡のようにあなたのような俺好みの絶世の美女が現れた!これはもう、お稲荷さまの御加護としかいいようがありません! ほら、ここここ。どうかサル嫁に代わって私の服のほころびを縫っていただけませんか?何なら今からでもお宅にお邪魔します。どちらにお住まいですか?」
 美女がプルプル震えて言い放ちました。
「信じられませんわ! 奥様がいらっしゃるってことは、私を行きずりの女にしたいわけでしょ? ふざけないでください! 帰りますっ!」
 美女が立ち去ろうとしたため、重方は慌てて進行方向に回り込むと、その胸元に烏帽子
(えぼし)をスリスリさせて甘えました。
「お稲荷さま! お助けください! あなたさまが与えてくださった美女が逃げようとしているんです!」
「知るか!」
「そんな、冷たいこと言わないでくださいよ〜。私にはもう君しかいないんです。あんなサル嫁のいる家には、金輪際、足を踏み入れませんからぁ〜」
 くしゃくしゃくしゃ。
 美女は烏帽子を握りつかみました。
 くい!
 そして、重方をあごを持ち上げると、
 ぱあーーーーーん!!!
 稲荷山中に響き渡るほどの大音量で力強くほおをひっぱたいたのです。
「な、何をするんだ!?」
 重方は飛び上がって驚いて美女を見ました。
 ぶわさ。ぼて。
 美女の市女笠が舞い落ちました。
 そのため重方は、初めて美女の顔をまともに見て仰天しました。
「おっ、おっ、おまえ……!」
 それは、重方の妻でした。
「え? え? どゆこと!? ちょっと、おまえ、 こんなところで何をしているんだ!?」
「夫の浮気調査ですけど」
「へ!?」
「あなたの同僚が教えてくれました。『茨田重方さん、そこらじゅうでナンパしまくってますよ』って」
「……」
「『初午祭に行けば、ダンナの正体がわかりますよ〜』って」
「!」
「だからこうして変装して、あなたがナンパしていないか見に来てみたんです〜」
「……」
「そしたらコイツ、よりによって自分の嫁を間違えてナンパしやがった」
「……」
「サイテー! バッカじゃねーの、コイツ! 自分の嫁の顔ぐらい覚えとけコラッ!!」
 ボカッ!
「で、でも、笠をかぶっていたんで〜」
「顔見なくても声で気づくだろーが!」
 ボカ! スカ!
「体つきとか雰囲気とかでも気づくだろーがぁ!!」
 ボッコボコ!
「いちいちたたくんじゃねー!」
 ビシッ!
 重賢の反撃は、
「あんたがわるいんでしょーが!」
 ドカッ!バカーン!
 倍返しに沈みました。
「みんなこっちを見てる。暴れるんじゃねえ!」
 むぎゅ〜。
「いいじゃないの!あんたの恥をみんなにさらしてやるー! みんな見て! コイツ、ひっでー浮気者なのよーっ!」
 バタバタ! バタバタ!
「やめんかコラッ!」
 押さえつけようとしても、妻の暴力は止まりませんでした。

 その頃、兼時らが重方がついてこないのに気がつきました。
「あれ?重方は?」
「まだナンパしているのか?」
 一行が戻ってみると、重方は妻と取っ組み合いのケンカをしていました。
「あ、さっきの女ともめてる!」
「あれ? よく見ると重方の嫁じゃないか」
「そうだった! 僕ら、細君に重方の浮気グセをチクっておいたんだった」
「ふーん、それでこの修羅場になったってことだな。よくやった、細君!」
 声援を受けて妻も応じました。
「おかげさまでコイツの正体を見破ってやったわ!」

 その後、重方は上社に、妻は下社に分かれて参詣しました。
 が、後日、重方が贈り物攻勢で御機嫌を取りまくったため、妻の腹の虫は収まり仲直りしたそうです。
 それでも妻は根に持っていたのか、重方が死ぬと、すぐに別の男と結婚してしまいましたとさ。

[2021年9月末日執筆]
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