4.宇佐八幡の神託

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女性天皇・女系天皇論争
1.道鏡の躍進
2.道鏡の秘法
3.道鏡の栄華
4.宇佐八幡の神託
5.宇佐への使者
6.帰ってきた清麻呂
   

 宇佐神宮(うさじんぐう。大分県宇佐市)――。
 かつては宇佐八幡宮
(はちまんぐう)と呼ばれ、豊前の一宮(いちのみや)として、また、全国八幡社の総本宮として、現在までその名をとどろかせている西海の名社である。

宇佐神宮本殿

宇佐神宮本殿(大分県宇佐市)

 祭神は応神天皇(おうじんてんのう)とされる八幡神以下。
 この神
(というより神に仕える神官たち)、なかなか世渡りのうまい方で、事あるごとに朝廷に御意見し、天平勝宝元年(749)には、東大寺大仏造立を支持する神託を下し、神階(神の位階)の最高位・一品(いっぽん)に昇り詰めた。
 また、その翌年には、当時の大宰大弐
(だざいのだいに。九州副知事)・藤原乙麻呂(おとまろ。仲麻呂の異母弟)を従三位にせよというおせっかいな神託も下している。

 その八幡神が、神護景雲三年(769)五月頃、とんでもない神託を下した。
道鏡天皇にすれば、天下は太平になるであろう」
 神詫を都にもたらしたのは、大宰主神
(だざいのかんづかさ。九州神道界の首位)・中臣習宜阿曽麻呂(なかとみのすげのあそまろ)

 称徳天皇法王道鏡以下、居並ぶ公卿たちは仰天した。
 いや、女帝と道鏡は仰天したのではなく、したフリをしただけであろう。
 ちなみに神護景雲三年当時の公卿たちとは、以下の通り。

称徳天皇・道鏡政権閣僚(769.5/)

官 職 官 位 氏 名  兼職・備考
天 皇 称徳天皇
法 王 道 鏡
左大臣 従一位 藤原永手 北家当主。
右大臣 正二位 吉備真備 中衛大将。
大納言 従二位 弓削浄人 大宰帥。道鏡の弟。
大納言 正三位 白壁王 後の光仁天皇。
法 臣 円 興 大僧都。
中納言 従三位 大中臣清麻呂 神祗伯
参 議 従三位 石川豊成 宮内卿。蘇我氏子孫。
参 議 従三位 藤原縄麻呂 南家の傑物。
参 議 従三位 文室大市 長皇子の子。天武天皇の孫。
参 議 従三位 石上宅嗣 中衛中将。物部氏子孫。
参 議 従三位 藤原魚名 大蔵卿。永手の弟。
参 議 従四位上 藤原田麻呂 大宰大弐。宿奈麻呂の弟。
参 議 従四位下 藤原継縄 南家当主。仲麻呂の甥。
非参議 従三位 藤原蔵下麻呂 宿奈麻呂の末弟。
非参議 従三位 高麗福信 法王宮職大夫。
非参議 従三位 藤原宿奈麻呂 式家当主。

 わざとらしく驚いた称徳天皇は、阿曽麻呂に聞き直した。
「今、何と申した?」
 阿曽麻呂は繰り返した。
「ははあーっ。八幡大神は『道鏡天皇にすれば、天下は太平になるであろう』と」

 公卿たちはざわめいた。
「なんてことだ……」
法王陛下の御威光を、神もお認めになられたのだ!」
法王陛下、万歳!」
「待て! 法王は元々皇族ではない。このようなこと、本当に認めていいのか?」
「そもそもこの神託は信じられるのか?」
「いや。鵜呑
(うの)みにするのは危険だ。宇佐八幡の神官には、かつて呪(のろ)いを行って逮捕された者がある」
「そうだ。天平勝宝六年(754)に当時の神官・大神田麻呂
(おおがのたまろ。多麻呂)は島流しにされている」
「昨年、田麻呂は許されて豊後員外掾
(いんがいのじょう)に任ぜられたそうだ」
豊後だと! 宇佐の近くではないかっ!」
「いや。すでに田麻呂は宇佐八幡の神官に復任しているらしい」
「ますます怪しいではないかっ!」

 道鏡はみなを制した。
「えーい、静まれ! 静まれーい!」
 で、称徳天皇に進言した。
「事は重大です。今一度宇佐に使者を遣わし、神託の真偽のほどを確かめてはいかがでしょうか?」
 称徳天皇もうなずいた。
「そうよね」
 左大臣永手は言った。
「それでは、誰もが納得する使者を遣わさなければなりませんな」
 道鏡も同じた。
「その通り。各々方、それぞれ明日までに宇佐使にふさわしい清廉潔白な人物を選んできてほしい。その中から協議して宇佐使を決めようではないか」
「了解」

 朝議は解散した。
 公卿ではないため、会議に参加していない雄田麻呂は、このことを宿奈麻呂から聞かされて笑ってしまった。
「ハハハ! まさか法王自ら皇位をうかがうとは、私も全く考えてもいませんでした! 想定外ですよ!」
 宿奈麻呂は怒った。
「笑いことではない! 重大事どころではない! このことは天皇家すなわち国家存亡の危機なのだ! 我々は何が何でも法王の野望を阻止しなければならないのだ!」 
「いや。その必要はないでしょう。どちらに転んでも、法王は自滅しますよ。これで我々は何も策さなくてもよくなりました」
「悠長だな。で、我々からも明日、宇佐使にふさわしい清廉潔白な人物を推薦しなければならないのだが、誰が適任であろうか? お前が行くか?」
「あはっ! 私は『ウソ八百』という言葉を人間化したようなヤツですからダメですよ。それに、誰を推しても同じことです。女帝も法王もすでに手を打っています。無理に出さなくてもいいんじゃないですか」

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