1.殴り込み

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金正男殺害事件
1.殴り込み
2.誘い込み
六衛府
左近衛府・右近衛府
・左兵衛府・右兵衛府
・左衛門府・右衛門府

 近衛府など六衛府の役人たちは怒っていた。
 六衛府とは御所を守る武官たちで、今でいう皇宮警察に当たろう。
「大粮
(たいろう)出せないって、どういうことですか!?」
 大粮とは、六衛府の下級役人がもらっていた給料である。
 米や塩などが民部省から現物支給されるのだが、なぜかその年は塩だけしか配給されなかった。
「塩だけ?」
「コメはどうした!?」
「ふざけるな! 塩だけで腹の足しになるか!」
民部省は何を考えているのだ?」
「大粮米を出せ! 出さないと仕事しねえぞ!」
「長老、何とか言ってやってください!」
 長老とは、左近衛将監
(さこのえのしょうげん)・尾張兼時(「女性味」参照)と、右近衛将監(うこのえのしょうげん)・下毛野敦行
 二人共かなりの高齢者で、たびたび死亡説が出ていた。
「長老、かつて大粮米が出ないってことなんてあったんですか?」
「はあ〜?」
「ほえ〜?」
 二人とも耳が遠いので、そろって耳手で聞き返す。
「大粮米が出ないってことなんてあったんですか!」
「あ〜、うーん、なかった」
「こんなこと初めてじゃ。どうしたんじゃろう?」

● 近衛府(左近衛府+右近衛府)の構成
役 職 よみかた 定員 備 考
大 将 たいしょう 2 左右各一人。近衛府の長官。
天皇筆頭護衛官。従三位相当。
中 将 ちゅうじょう 2→4 近衛府次官。従四位下相当。
少 将 しょうしょう 2→4 近衛府次官。正五位下相当。
将 監 しょうげん 4→約10 近衛府判官。従六位上相当。
将 曹 しょうそう 8→約20 近衛府主典。正七位下相当。
舞人・楽人・近衛舎人から昇格。
府 生 ふしょう 12 指揮官。近衛舎人から昇格。
番 長 ばんちょう ? 指揮官。近衛舎人から昇格。
近衛舎人 このえのとねり 400→600 警備員。単に近衛とも。
吉 上 きちじょう ? 警備員。

 兼時と敦行が民部省に問い合わせたところ、大粮米が支給されない原因がわかった。
「実は、あなた方に支給するはずの米が現地から届いていないのです。現地の国守が納めるべき税米を滞納しているのです。そのため民部省では対応しようがありません。米が欲しければ、直接現地に請求してください」
「現地とはどこじゃ?」
越前国です」
越前国! 遠っ!」
 老人二人は気力がなえた。
 かといって食べないわけにもいかないため、上層部に訴えることにした。

 時の近衛府のドンである左近衛大将は、内大臣藤原教通――。
 かの摂関家最強の政治家・藤原道長の子で、時の関白左大臣藤原頼通の実弟である(「北家系図」参照)
 教通は相談に乗ってくれた。
「ほう。越前守の滞納が原因で六衛府の者たちの大粮米が出ないと?」
「はい。みんな困っております」
「今の越前守は藤原為盛
(ためもり)であったな?」
「そのようにうかがいました」
「為盛は北家出身ではあるが、魚名
(うおな)流のため摂関家ではない(「北家系図」参照)
「はあ」
「つまり、その方らがヤツを糾弾したところで、摂関家に影響はない」
「はあ」
 教通はあおった。
「やればいいではないか! 屈強の者共大勢で越前へ大挙し、米を出せと脅しに行けばいいではないか! 滞納役人は許すべからず! 越前守藤原為盛を糾弾せよ! 法を破る者は、武力で脅すのみ! 行けっ!」
「ははあー!」
 こうして尾張兼時と下毛野敦行は、六衛府の武装組織数百人を率いて越前へ向かった。

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