☆ 金峰山の老僧の伝説

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熊野三山ツーリスト
★ 金峰山の老僧の伝説 

 昔、金峰山の別当(べっとう。寺の支配者)をしていた老僧がいた。名が伝わっていないので、仮にMとしておく。
 Mは八十歳を越していたが、いたってピンピンしており、全く死ぬ様子はなかった。

 これにおもしろくない、次期別当を約束された老僧がいた。こちらも名前が伝わっていないので、Sとしておく。

 SはMの元気な姿を見かけるたびに、うとましく思っていた。
(なんであんなに元気なんだ。アイツが死なないと、オレは別当になれないじゃないか!)
 すでにSも七十歳を越えていた。
 年とともに体が重くなり、すぐ目の前にある硯
(すずり)を動かすことさえ、気合を入れてかからなければならないほどになっていた。
 Sは自信を無くしてきた。
(オレはMより先に死んでしまうのではないか?)
 嫌だった。別当になれずに死ぬなんて、どうしても嫌だった。

 Sには、この山で勤め始めてから数十年来の夢があった。
(年をとったら別当になって、お山の大将になるんだ!)
 夢は目前までやってきていた。Sは寺のナンバーツーまでよじ昇ることができたのである。

 ここまで来るためには、並大抵のことではなかった。
 今までどれだけ多くのカネと労力を使ってきたことか。
「S様、S様。お肩をおもみいたしましょうか?」
「S様、どうぞこれをお食べください」
「私は食べ物ではありませんが、もっといいものですよ。どうぞお収めを」
 今では寺の僧たちはみんなみんな、自分にへつらいにやって来るようになった。
 いや、ただ一人、Mを除いては。

(ふん)
 Sは上座で経を唱えるMの後ろ頭に、思い放った。
(もう少しだ。あと一歩だ。お前さえ死ねば、オレはお山の大将だ!)

 でも、その「お前」は、いつまでも、いた。
 まるでミイラのように、未来永劫
(えいごう)生き続けるかのようであった。
 Sは腹が立ってならなかった。
(クソッタレ! また今日も変わらず生きていやがる!)
 そんなSに、悪魔がささやいた。
(死なないなら、殺してしまえばいいじゃないか)

 Sは山に入った。
 修行のためではない。
(どうやって殺すのが一番いいか?)
 それを考えるために、坐禅
(ざぜん)しにきたのである。

 そのとき、Sは周りにポッポと生えているものを発見した。
 それは、毒キノコであった。
 Sはひらめいた。
(これだ! これならオレは手も汚さずにアイツを殺すことができる!)

 Sは毒キノコをたくさん採って持って帰った。
「ヘッヘッヘ! これだけ食えば、さすがのアイツも狂い死にするだろう」
 体力的にも精神的にも弱い彼は、毒殺という最も卑劣で邪悪な手段を選んだのである。

 翌朝、SはMを呼んだ。
「知り合いにおいしそうなヒラタケをたくさんもらいました。別当様に御馳走
(ごちそう)しますので、どうぞ食べに来てください」
「そうか、そうか。御馳走してくれるか」
 Mは杖
(つえ)をつきながら、喜んでやって来た。
 Sは陰険に思った。
(ヒヒッ。はしゃいでいられるのは今のうちだ。明日からはオレが別当なんだ。お前はオレの夢のために、肥やしになるんだ!)
 思っても口にはしなかった。するはずはなかった。彼は満面の作り笑顔で、邪心を込めて作った毒キノコ汁をMに勧めた。
「おいしいですよぉ〜。精がつきますよぉ〜」
 ウソばっかりであった。つくのは精ではなく、霊であろう。
 自分のほうには、本物のヒラタケ汁をよそった。

 Mは毒キノコ汁を見て喜んだ。
「うむ。本当にうまそうじゃのう」
 一口、毒キノコ汁をすすって歓喜した。
「これはうまい!」
 そして、腹いっぱい食べてしまった。

 Sはワクワクした。ゾクゾクした。
(今に今に腹が痛くなるぞ! 頭が痛くなるぞ! そしてそして、血ヘドを吐いてあの世へ逝くんだ!)

 でも、Mはあの世へは逝かなかった。
 いつまでもいつまでも、そこにいた。何事もなかったかのように、そこにい続けた。
 満足したMは、一本だけ残っていた歯を、爪楊枝
(つまようじ)でていねいに掃除し始めた。

 Sは訳がわからなかった。
(あれ、ひょっとしてオレの分と間違えたのかな? 何!? しまった! 全部食べちまったじゃないか!)
 Sは戦慄
(せんりつ)した。顔は青ざめ、身体が震えてきた。毒が回ってきたのであろうか?
(そ、そっ、そんなはずはない! オレは間違えていない! 絶対に間違えようがない! 違う! 違うんだっ!)

 動揺しているSに、Mがしみじみと言った。
「やっぱり、毒キノコ汁はうまいわ。普通のヒラタケ汁と違って、何と言っても刺激が違うからのう。ほおぉ〜、体中がプルプルして、いい気分じゃわぁ」

(どっ、毒って知っていたのかっ……)
 Sは今度は別の意味でガタガタ震え始めた。

 Mは笑った。そして、おもしろそうに語り始めた。Sにとってそれは、驚愕(きょうがく)の事実であった。
「実はワシ、毒キノコに当たらない体質なんじゃ。それで自分でもよくキノコ汁などを作って食べていたんじゃが、人に勧めるとみんなみんな体調がおかしくなったり、死んでしまったりするんじゃ。こんなにうまいのに、どうしてかのう?」
「そ、そ、そりゃそうでしょう……」

 Sは恐怖に顔を歪ませながらも、必死であいづちを打った。何とかこの場を切り抜けなければ将来がない。この期に及んでまで、Sは保身を考えていた。

 が、Sの願いは無惨にも砕かれた。
 MはうれしそうにSの顔を見て、こう言ったのである。
「じゃが、ワシはこの年にして初めて、ワシと同じ体質の男を発見した! それはお前じゃ! お前もこの通り、毒キノコ汁を食べても平然としている! ワシはうれしいぞ! 明日はワシがたらふく毒キノコ汁を御馳走してくれよう! どうせ他の人は誰も食べないのじゃから、遠慮せず腹いっぱい食べてくれよ! ヒッヒッヒ!」

[2004年7月末日執筆]
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