☆ 金峰山の老僧の伝説 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2004>金峰山の老僧の伝説
|
昔、金峰山の別当(べっとう。寺の支配者)をしていた老僧がいた。名が伝わっていないので、仮にMとしておく。
Mは八十歳を越していたが、いたってピンピンしており、全く死ぬ様子はなかった。
これにおもしろくない、次期別当を約束された老僧がいた。こちらも名前が伝わっていないので、Sとしておく。
SはMの元気な姿を見かけるたびに、うとましく思っていた。
(なんであんなに元気なんだ。アイツが死なないと、オレは別当になれないじゃないか!)
すでにSも七十歳を越えていた。
年とともに体が重くなり、すぐ目の前にある硯(すずり)を動かすことさえ、気合を入れてかからなければならないほどになっていた。
Sは自信を無くしてきた。
(オレはMより先に死んでしまうのではないか?)
嫌だった。別当になれずに死ぬなんて、どうしても嫌だった。
Sには、この山で勤め始めてから数十年来の夢があった。
(年をとったら別当になって、お山の大将になるんだ!)
夢は目前までやってきていた。Sは寺のナンバーツーまでよじ昇ることができたのである。
ここまで来るためには、並大抵のことではなかった。
今までどれだけ多くのカネと労力を使ってきたことか。
「S様、S様。お肩をおもみいたしましょうか?」
「S様、どうぞこれをお食べください」
「私は食べ物ではありませんが、もっといいものですよ。どうぞお収めを」
今では寺の僧たちはみんなみんな、自分にへつらいにやって来るようになった。
いや、ただ一人、Mを除いては。
(ふん)
Sは上座で経を唱えるMの後ろ頭に、思い放った。
(もう少しだ。あと一歩だ。お前さえ死ねば、オレはお山の大将だ!)
でも、その「お前」は、いつまでも、いた。
まるでミイラのように、未来永劫(えいごう)生き続けるかのようであった。
Sは腹が立ってならなかった。
(クソッタレ!
また今日も変わらず生きていやがる!)
そんなSに、悪魔がささやいた。
(死なないなら、殺してしまえばいいじゃないか)
Sは山に入った。
修行のためではない。
(どうやって殺すのが一番いいか?)
それを考えるために、坐禅(ざぜん)しにきたのである。
そのとき、Sは周りにポッポと生えているものを発見した。
それは、毒キノコであった。
Sはひらめいた。
(これだ! これならオレは手も汚さずにアイツを殺すことができる!)
Sは毒キノコをたくさん採って持って帰った。
「ヘッヘッヘ! これだけ食えば、さすがのアイツも狂い死にするだろう」
体力的にも精神的にも弱い彼は、毒殺という最も卑劣で邪悪な手段を選んだのである。
翌朝、SはMを呼んだ。
「知り合いにおいしそうなヒラタケをたくさんもらいました。別当様に御馳走(ごちそう)しますので、どうぞ食べに来てください」
「そうか、そうか。御馳走してくれるか」
Mは杖(つえ)をつきながら、喜んでやって来た。
Sは陰険に思った。
(ヒヒッ。はしゃいでいられるのは今のうちだ。明日からはオレが別当なんだ。お前はオレの夢のために、肥やしになるんだ!)
思っても口にはしなかった。するはずはなかった。彼は満面の作り笑顔で、邪心を込めて作った毒キノコ汁をMに勧めた。
「おいしいですよぉ〜。精がつきますよぉ〜」
ウソばっかりであった。つくのは精ではなく、霊であろう。
自分のほうには、本物のヒラタケ汁をよそった。
Mは毒キノコ汁を見て喜んだ。
「うむ。本当にうまそうじゃのう」
一口、毒キノコ汁をすすって歓喜した。
「これはうまい!」
そして、腹いっぱい食べてしまった。
Sはワクワクした。ゾクゾクした。
(今に今に腹が痛くなるぞ! 頭が痛くなるぞ! そしてそして、血ヘドを吐いてあの世へ逝くんだ!)
でも、Mはあの世へは逝かなかった。
いつまでもいつまでも、そこにいた。何事もなかったかのように、そこにい続けた。
満足したMは、一本だけ残っていた歯を、爪楊枝(つまようじ)でていねいに掃除し始めた。
Sは訳がわからなかった。
(あれ、ひょっとしてオレの分と間違えたのかな? 何!? しまった! 全部食べちまったじゃないか!)
Sは戦慄(せんりつ)した。顔は青ざめ、身体が震えてきた。毒が回ってきたのであろうか?
(そ、そっ、そんなはずはない! オレは間違えていない! 絶対に間違えようがない!
違う! 違うんだっ!)
動揺しているSに、Mがしみじみと言った。
「やっぱり、毒キノコ汁はうまいわ。普通のヒラタケ汁と違って、何と言っても刺激が違うからのう。ほおぉ〜、体中がプルプルして、いい気分じゃわぁ」
(どっ、毒って知っていたのかっ……)
Sは今度は別の意味でガタガタ震え始めた。
Mは笑った。そして、おもしろそうに語り始めた。Sにとってそれは、驚愕(きょうがく)の事実であった。
「実はワシ、毒キノコに当たらない体質なんじゃ。それで自分でもよくキノコ汁などを作って食べていたんじゃが、人に勧めるとみんなみんな体調がおかしくなったり、死んでしまったりするんじゃ。こんなにうまいのに、どうしてかのう?」
「そ、そ、そりゃそうでしょう……」
Sは恐怖に顔を歪ませながらも、必死であいづちを打った。何とかこの場を切り抜けなければ将来がない。この期に及んでまで、Sは保身を考えていた。
が、Sの願いは無惨にも砕かれた。
MはうれしそうにSの顔を見て、こう言ったのである。
「じゃが、ワシはこの年にして初めて、ワシと同じ体質の男を発見した! それはお前じゃ!
お前もこの通り、毒キノコ汁を食べても平然としている! ワシはうれしいぞ! 明日はワシがたらふく毒キノコ汁を御馳走してくれよう!
どうせ他の人は誰も食べないのじゃから、遠慮せず腹いっぱい食べてくれよ!
ヒッヒッヒ!」
[2004年7月末日執筆]
参考文献はコチラ