2.んなわけねーだろ | ||||||||||||||
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熊谷直実は拾った若武者を連れて陣所へ帰ることにした。
途中、思わぬ人と会った。
息子の熊谷直家であった。
「あ、父上」
直実は驚いた。
「お、おまえ……、どうした?」
「ええ、敵にやられて負傷しました」
「生きてるじゃないか!」
「ええ、結構深手でしたけど、生きてますよ」
「なんで生きてるんだ!?」
直家は困惑した。
「何ですかそれ。まるで僕が生きてちゃまずいみたいな言い方じゃないですか〜」
直家は若武者の存在に気付いた。
「誰それ?」
直実はとぼけた。
「息子だ」
「息子?」
息子にそんなごまかしが通用するはずなかった。
「もとい、妻だ」
「妻?」
そのごまかしはもっと無理であった。
「あ、いやその、家族だ家族」
そんなはずはなかった。
直家は見抜いていた。
若武者をまじまじと冷たく見回して聞いた。
「それって、どう見ても敵将ですよね〜?」
直実は観念した。
「ああ、敵将だ。生け捕って来たのだ」
「どうして生け捕った敵将とルンルン手をつないでいるんですか?」
「逃げないようにに決まっているじゃないか」
「そんなら普通、縄をかけますよね〜?」
「縄がなかったのだ」
「縄、持ってるじゃないですか」
「これは縄跳び用の縄だ」
「縄跳び? へー。父上が縄跳びしているところは、まったく見たことがありませんが」
「……」
「今日の父上はおかしいですよ」
「……」
「だいたいその手のつなぎ方って、恋人つなぎってヤツじゃないですか?」
「……。そんなつなぎ方、知らぬわ!」
ぶん!
直実は乱暴に敦盛の手を振り払った。
「なんでそんなに敵将と仲良しなんですか?」
「仲良しなんかじゃない!」
「で、これからソイツをどうするつもりなんですか?」
「……。まだ決まっていない」
「処刑に決まっているじゃないですか」
「何を言っているんだ! そんなむごいこと、できるわけないじゃないか! だって、よく見てみろよっ!
こいつ、こんなにかわいいんだぜっ!」
「父上は自分が言っていることがわかっているんですか?」
「わかってるさ!」
「わかってません! どう見てもその子は平家の大将格の子です! その子の命を助けることは、源氏に対する裏切りじゃないですか!」
「……」
「父上は今朝言っていたことを覚えていますか?『敵陣へ一番乗りして大手柄を立てるぞ』って言ってたじゃないですか。その子の首こそ大手柄です。今すぐその子の首をはねて義経さまに届けましょう!」
「嫌だ!」
「嫌なら僕が殺します!」
「させるか!」
「止めるのであれば、僕は父も討たなければなりません。熊谷家を守るためには、それしか方法はありません」
「くうう〜、いやだいやだいやだー!この子の美しさは熊谷家をも超越するんだー! 俺はいったいどうすればいいんだ〜!」
直実は地面をたたいた。
いつの間にか若武者は横笛を吹いていた。
笛を置くと直実に促した。
「息子さんの申される通りです。私の首を義経に届けるのが熊谷家にとっては最善でしょう」
「君にとっては最悪じゃないか!」
「当然です。私は敗者なのですから」
「ぬうっ」
「さあ、殺しなさい」
「うぐう……」
「殺してください、おじさま」
「ふうう!」
直実は太刀を抜いた。振りかざしてみた。
ガシャンシャン!
「できるわけないよー!」
太刀を放り投げた。
ぬばっ!
直家が太刀を拾った。
「できないなら、僕がやります!」
「ダメだ!」
どん!
直実が息子を突き飛ばして太刀を奪った。
「どうしても生かせないというのなら、俺が刺し殺す!俺だけがこの子の死を独占する!
もう俺以外、誰にもこの子は触らせないっ!絶対に二人だけの世界がここにはある!」
直実は太刀を振りかざすと、若武者を抱き寄せた。
「すまない」
「仕方ないです」
「行くぞ」
「どうぞ」
ブッサ!バコン!スカパーン!
直実は刺した。なぐった。からぶったけど平手でもたたいた。
若武者は絶命した。
遺品の横笛から彼の正体が明らかになった。
横笛は鳥羽法皇が平忠盛(に与えた名笛「小枝(さえだ。青葉とも)」で、子の経盛(つねもり)から孫の敦盛(あつもり。「桓武平氏系図」参照)に伝えられたものであった。
敦盛の享年は十六(または十七)。
戦後、直実は経盛に笛を返した。
その笛は、敦盛の首塚のある須磨寺(すまでら。神戸市須磨区)に伝えられたという。
一方、彼の胴塚は須磨浦公園(同区)にあるという。
[2018年7月末日執筆]
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参考文献はコチラ
※ 直実と敦盛の逸話は有名で、後世、能や浄瑠璃や歌舞伎などの題材になりました。織田信長が愛好した幸若舞「敦盛」もその一つです。
※ 埼玉県熊谷市には、後に法然の弟子になった直実(法名・蓮生)が建てた熊谷寺(ゆうこくじ)があります。
※ ラン科の多年草にクマガイソウ(熊谷草)とアツモリソウ(敦盛草)がありますが、これは二人が背負っていた母衣を見立てたとされています。