2.蘇った | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2023>令和五年6月号(通算260号)転生味 田中広虫女2.蘇った
|
遺言通り、夫の小屋宮手と八人の子たちは、田中広虫女の遺体を棺に入れたまま、火葬しないでおいた。
ぱか。
七日過ぎた夕方、広虫女は生き返って棺のフタを開けた。
「ただいま〜」
「おかえりー!」
宮手や子たちは喜んだが、
むくむく! ぷ〜ん。
なんかすごいのが出てきてひどく臭かったので、
バタン! ごちん!
「痛っ!」
思わず棺のフタを思いっきり閉めてみんなに確認した。
「何あれ?」
「どうした?」
「今の見た?」
「さあ?」
「なんかすんごいおぞましいが出てきた。あれって、本当にお母さん!?」
「わかんない。よく見えなかった」
そーっ。
八人の子たちはもう一度ゆっくりとフタを開けてみた。
ぷ〜ん。ぷんぷん! ぷんぷん!
子たちはとんでもない異臭にむせて鼻をつまんだ。
「くっさぁ〜」
「やっぱり臭い〜」
「ゴホッゴホッ! なにこれ、キョーレツ〜!」
広虫女が棺から出てきて怒った。
「痛いじゃない! 起き上がろうとした時にいきなりフタ閉めるもんだから、額にこんな大きなコブができちゃったわ!」
「ごめん〜」
「なんか、牛の角みたいになっちゃったね〜」
「ていうか、お母さん、全体的におかしいわよ」
「どこが?」
「顔も体も膨らんだみたいに大きくなってるよ」
「死んでるうちにむくんだんかな? それにしても暑いわね〜。こんなもん着てられないわ。えーい!」
ばあー!
広虫女は死に装束を脱いで全裸になった。
「やめてよ〜。何か着てよ〜」
「うるさいわねー。死んでたせいか、どうにも体中がだるいのよ」
「ごはん食べる〜?」
「いらない。食欲がないわ。でも、ごはんより、なぜか草や稲わらを見ると、無性にほおばりたくなるのよね〜」
「冗談でしょ?」
子の一人が牛小屋から持ってきて勧めた。
「はい、それなら稲わらをどうぞ」
「いただき!」
バクバク!バクバク!
「うわっ!ホントに食べた!」
バクバク!バクバク!
「やめろー!」
「稲わらはごはんじゃないのっ!」
「こんなもん食べたらお腹壊すって!」
宮手や子たちが止めると、広虫女は食べるのをやめた。
そして、悪い顔色をもっと悪くしてうったえた。
「気持ち悪い〜」
「当たり前でしょ! 言わんこっちゃない!」
「吐きそう〜」
子たちはバタついた。
「ちょっと待って! 早く誰か桶(おけ)を持ってきて〜!」
宮手が慌てて取りに行った。
むく! むくむくむく!
みるみる広虫女の顔が頬袋(ほおぶくろ)に種をいっぱい詰め込んだリスのような顔になってきた。
「まだ吐いちゃダメー!!」
広虫女が左手で口を押さえながら右手で土間に文字を書いた。
その文字を読んだ子が代読した。
「『安心してください。吐いてませんよ』、だって」
ごっくん!
変な音がすると、今にも破裂しような風船のようだった広虫女の顔がやけにスッキリしていた。
子たちは悟って驚愕(きょうがく)した。
「うえ! ゲロを吐かずに飲んじゃった!」
「やめてよ〜」
「ある意味、吐かれるより気持ち悪い〜」
「もう大丈夫」
広虫女は言ったが、また気持ち悪くなってきた。
「やっぱりダメ。飲み込んだやつ、また出てきそう〜」
「おい! 桶だ、桶だ!」
ごぽっ!ごぼごぼっ! ぶくぶくぶくっ!
便器が詰まったような音がしたかと思ったら、また広虫女の顔が過積載なリス顔になっていた。
「さあ、お母さん、我慢せずにここに吐いて」
広虫女はブンブン膨らんだ顔を横に振ると、
ごっくんくん!
「ぷはー! まずーい、もう一杯〜」
再びゲロを飲み干してケロッとした。
「またかい!」
「きたねーなー」
「最悪〜」
すると今度は、
ぶりっ! ぶりぶり! ぶりもわっ! どよ〜ん!
下のほうでますます怪しげな音がした。
「え、何よ、今の音?」
「どうしたの?」
「ま、まさか……」
「ヤダー! お母さん、脱糞してる〜!!」
「しかもすごい量!」
「人間って、こんなに出るんかいなー!!!」
広虫女は謝った。
「ごめん。七日も我慢してたから、ついつい漏らしちゃった。もうだるいから寝るわっ」
バタン!ぐっちゃぐちゃ〜。
広虫女はそう言うと、今した大便の上に寝転んで、
「ガーガー」
いびきをかいて大の字で眠ってしまった。
「やめてよー!!」
「きたねー! 汚すぎるよー!」
「こんなお母さん、いややー!!」
「もう一回、死んでぇー!!!」
「大領さまの奥さまが生き返ったそうな」
「外見も中身もまるで別人になってしまわれたそうな」
「あんなに毎日のように悪徳商売や借金取りに励んでいた働き者が、食っちゃ寝食っちゃ寝グータラ怠け者になってしまったそうな」
広虫女が蘇ったと聞いて近所の人達が大勢見物に来た。
そして、スッポンポンでゴロゴロしているザマを見て大笑いした。
「なにこれ! これがホントにあの大領さまの奥さま!?」
「どっはー! 上も下も丸出しじゃねーか!」
「安心しないでください。履いてませんよ!」
「しかもウンコまみれ!!」
「くっちゃいくっちゃい! 反芻(はんすう)してるし、まるで牛みたいだ!」
「そうだよ! 牛だよ! こんなのは仏罰に違いない! えげつないことをしまくってきた奥さまは、仏さまによって牛にされて罪を償わされているんだよ!」
宮手と子たちは困惑した。
「お母さんのこのザマは、みんなの言う通り仏罰なんでしょうか?」
「わしも仏教は信じていなかったが、今は妻を救うためなら何でもしてあげたい心情だ」
「やりましょうよ。ダメ元でもいいじゃない」
宮手と子たちは広虫女が救われることを願って地元にあった三木寺(妙覚寺)に家財を奉納した。
また、東大寺には、牛七十頭、馬三十頭、田二十町、稲四千束を寄進した。
さらに、他人に貸していた借金などを全部チャラにしてあげた。
「大領の奥さまの田中広虫女が牛みたいになってしまわれたそうな」
「これまで様々な悪いことをしてきた仏罰だそうな」
「だからみんな、悪いことをしちゃあいけないんだぞ」
うわさは讃岐国庁にも届いた。
「何だって!? 悪徳商売をしていた強欲女が牛になっただと! ――このような怪異は朝廷に報告しなければ」
讃岐介・石川諸足が報告書の準備をしていたところ、広虫女は再び死んだ。
「お母さんは救われたのね」
「ああ、仏さまがお許しくだされたのだ」
「よかったよかった」
宮手も子たちも、二度目の死には大喜びだったという。
[2023年5月末日執筆]
ゆかりの地の地図
参考文献はコチラ
※ 人間は二度死ねません。広虫女の一度目の死は、死にかけただけと思われます。
※ また、人間は牛にはなりません。脳卒中など病気の後遺症などで「牛みたいな状態になっていた」だけと思われます。