★ 物の怪

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「イスラム国」日本人人質殺害事件
★ 物の怪

「閣下」
「おう、小次郎」
「これから田舎へ帰ります」
「そうか。父が死んだんたったな。確か田舎は――」
下総の猿島
(さしま。茨城県坂東市)です」
「そうであった。下総とは遠いな」
「もう、ここに参上することはないかもしれません」
「喪が明けても上洛しないつもりか?」
「ええ。俺はいとこの平太
(平貞盛。「揉消味」参照)と違って要領が悪いので、出世はムリでした」
「平太とやらは確か左馬允
(さまのじょう。「古代官制」参照)に任官していたな?」
「はい」
「それに比べてお前は我が家司
(けいし)どまり。帝(みかど)に仕えても滝口の武士どまり。弓や馬や剣の腕は平太とやらの比ではないのに」
律令という法の支配下では、武芸など何の役にも立ちません。力ずくが認められれば、俺にも出番は回ってきますが」
「そんなもん認めたら、今の秩序は無茶苦茶になる」
「ですよねー。だからといってマジメに法を守っていればこのザマです。律令制というものは、身分の低い者はどうあがいても公卿にはなれないという限界があるんですよ。これでも俺の祖父の曽祖父は桓武天皇
(「ヤミ味」「菅降味」等参照)なんですが、五世たったらただの庶民です(「桓武平氏系図」参照)。私には閣下という後援者があったんですが、全く役には立ちませんでした。閣下のお口添えで何とかできませんでしたか?俺は十年以上も閣下に仕えていたんですよ」
検非違使などに頼んでみたこともあったが、なぜかいつも定員に空きがなかった」
「俺は要領だけではなく、運もないようですね」
「たたられておるかもしれんぞ。崇道天皇
(すどうてんのう。早良親王)の怨霊に(「怨念味」「怨霊味」参照)。何と言ってもお前は桓武天皇の子孫だからな」
「おっ、脅かさないでください」
「あはは!なんだ、震えているのか?これは意外!武芸の達人なのに、物の怪は怖いのか?」
「物の怪は弓や刀では倒せませんので」
「道理である。そんなお前にいいものをやろう」
「いいもの?」
「ああ。私ではなく、この法師が下されるそうだ」
「小次郎。久しぶりじゃのう」
「あ、猊下
(げいか)!いらっしゃってましたか、お久しぶりです」
「おぬしが田舎に立つと聞いて駆けつけてきたんじゃよ〜」
「ありがとうございます。立つ前にお目にかかれてうれしいです」
「わしからのはなむけにこれをやろう」
「何でしょうか?」
「怨霊退散のお守りじゃよ」
「お守り?」
「ああ。お守りの中には菅公
(菅原道真)和歌を記した紙が入っている。物の怪には物の怪。そのお守りを肌身離さず持っていれば、菅公の怨霊が崇道天皇の怨霊を追い払ってくれるであろう」
「なるほど、そういうことでしたか。どうもありがとうございます」
「菅公の怨霊の恐ろしさについては、存じておるであろう?」
「ええ、都中すごい騒ぎですから。菅公をいじめていた人たちは次々と死んじゃって、生き残っている人々も生きた心地がしないとか」
「そうじゃそうじゃ、それに比べてわしたちは生前菅公と親しくしておった。菅公の魔の手はわしたちのところには来ぬ。おぬしがお守りを持てば、おぬしのところにも来なくなる」
「お仲間に入れていただいて光栄です」
「ついでにもっといいことを教えてやろう。お守りといっても、防御だけではない。攻撃も可能じゃ」
「攻撃といいますと?」
「何か悪いことをしてしまったら、菅公の怨霊のせいにすればいい」
「具体的には?」
「盗みや殺しをしてしまった場合は、『俺はやってない!これは菅公の怨霊のせいなんだよ!』と、騒ぐだけで何の罪にも問われなくなるのじゃよ」
「ってことは、どんなに悪いことをしても許されるってことでは?」
「まあ、そういうことじゃ」
「法を無視して力のままに行動したとしても?」
「すべて無罪」
「スゲー!このお守り持ってれば無敵じゃねーか!」
「だからといって率先して悪いことばかりするなよ」
「しませんよ〜。えへへ!」
「では、達者でな」
「はい、閣下。どうもお世話になりました」
「悪行三昧
(ざんまい)はいかんよ」
「しませんってぇ〜。猊下もありがとうございました。それではこれにて失礼します」
「道中気をつけてな」
「はーい」
「田舎のみんなによろしくなー」
「はいはーい」
「やっほー!」
「……」
「バーカ!バーカ!」
「……」
「行ったか」
「行ったようですな」
「これであいつも立派な菅公怨霊伝道者だ」
「布教しまくって欲しいですな。物の怪が跋扈
(ばっこ)すれば、我々法師は大繁盛」
「私も帝の徳がないせいで怨霊が跋扈しているのだと、帝を責めたてて強権を振るうことができる」
「物の怪サマサマですな」
「悪い法師よのう〜」
「いえいえ、極悪閣下にはかないませぬて〜」
「ひでえ!こんなに善良な為政者に対して何という物言いだ」

[2015年1月末日執筆]
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