2.文武天皇の求婚 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2018>平成三十年12月号(通算206号)仰天味 竹取物語後編(かぐや姫の昇天)2.文武天皇の求婚
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かぐや姫のうわさは時の帝にも届いた。
時の帝とは、伝四十二代天皇・文武天皇であろう。
「世の人々をふぬけにし、貴人たちの求婚をことごとく拒み続けているかぐや姫の美貌とはどれほどのものか?行って見てまいれ」
命じられたのは内侍・中臣房子(なかとみのふさこ)。
「はい」
房子はさっそく竹取の翁邸を訪れた。
「帝の御命令である。とんでもない美女だとうわさのかぐや姫の顔を見たい」
「はあ」
取り次いだオバアがかぐや姫に知らせたが、彼女は会いたがらなかった。
「私はとんでもない美女ではありません」
「でも、帝の御命令なんですよ」
「帝って、そんなに偉い人なんですか?」
「そりゃそうでしょう」
「文武天皇って、後世のイメージだと、母(元明天皇)や祖母(持統天皇)には頭が上がらないって感じなんだけど」
「え? もんむ? 後世?? いめえじ???」
「あ! そのっ……、何でもありません」
かぐや姫は慌てて口をふさいだ。
オバアは房子に、
「姫は会いたくないって言っています」
と、伝えたが、引き下がってもらえなかった。
「私は帝の御命令で来ているんです。会わないで帰るわけにはいきません」
かぐや姫も引かなかった。
「そんなに会いたいなら、私を殺して連れて行けばいいでしょう」
これにはさすがに房子も引き下がるしかなかった。
房子は復命した。
「死んでも会いたくないそうです」
文武天皇はあきれた。
「まあ、多くの男をふぬけにした女だからな」
「もうお逢いになられませんか?」
「いや、断れば断るほど、逢いたさがつのるものだ」
「まあ」
文武天皇は竹取の翁を呼びつけた。
「かぐや姫とやらに逢いたいと言ったら断られた。宮仕えさせようと思ったのに、耳も貸してくれなかった。朕(ちん)は帝であるぞ。おまえ、親としてどういうしつけをしているのか?」
「ももも、申し訳ございません」
竹取の翁は震え上がった。
文武天皇は怒ってはいなかった。
「まあよい。翁からかぐや姫に宮仕えをするよう勧めるがよい。うまくいけば翁には、五位を授ける」
「五位!」
竹取の翁は喜んだ。
急いで宅に帰ってかぐや姫に勧めた。
「姫が宮仕えすれば、わしは五位の位を賜るそうな。どうじゃ?宮仕えしてくれぬか?」
「嫌です」
「どうして?」
「だって帝は私を『お手付き』になさるおつもりなんでしょ?」
「ほほ! それはそれでいいことではないのか?」
「ダメなのです!私はこの時代の人と交わってはいけないのです!」
「わけわかんない娘だな。わしは五位で、姫も出世するんだぞ。しかも相手は帝だぞ。これ以上の縁談はないのに」
「そんなに宮仕えしてほしいなら、もう私は死んでしまいます!」
「そんなこと言わないでくれ。姫に死なれたら官位なんてあっても意味がない」
「それなら断ってください」
「わかったよ。はあ……」
竹取の翁は文武天皇に断りに行った。
「姫は『宮仕えに行くくらいなら死ぬ』と申しております。そもそもあの娘は私の実子ではなく、竹林で拾った変な娘なのです。どうかこの話はなかったことにして下さい」
「翁は官位はいらぬのか?」
「欲しいですけど仕方ありません」
「ではこうしよう。かぐや姫が宮仕えするのではなく、朕が翁の家の近くに狩りに行くことにしよう」
「はあ」
「その時、朕はそっと姫の房(へや)をのぞき見するのだ」
「ほう」
「あわよくば、房の中に入っちゃうのだ」
「ほほ! それはいいお考えです」
「では明日、朕はかぐや姫を狩りに行く。支度をしておいてくれ」
「承知いたしました」
竹取の翁は宅に帰ると、さっそく布団を敷き始めた。
かぐや姫はおかしな顔をした。
「何してるの?」
「べ、別に――。こんなことぐらいしか思いつかないもので」
「経験則だと、私をねらっている偉い人が来るのよね?」
「ねらっているだなんて恐れ多い」
「帝でしょ? 帝に決まっているわよね?」
「……」
「いつ来るの? 今夜? 明日?」
「明日じゃ」
「わかったわ。おもしろいから驚かせてあげるわ」
「?」
次の日の夜、文武天皇が竹取の翁邸にお忍びでやって来た。
「かぐや姫はどこかな?」
邸内に一つ、昼間のような明るさを放つ房があった。
「あれだな」
文武天皇は戸を開けて房に入った。
キィィィ〜。
「帝が来ましたよ〜ん」
「あら」
座っていたかぐや姫が気づいて振り向いた。
文武天皇は一瞬で陥落した。
「これは参った!朕のど真ん中じゃねえか!」
かぐや姫は立ち上がって逃げようとした。
後ろ手を文武天皇がつかんだ。
かぐや姫は振り向いて、ニヤリとしながら壁にあった「四角いもの」を押した。
カチ。
とたん、房の中が真っ暗になった。
「何だ? 何が起こった!?」
文武天皇はびっくりして手を放した。
たたた、バタン!
そのスキにかぐや姫は外に逃げて戸を閉めてしまった。
暗闇の中で文武天皇は困惑した。
「お、おい! 何も見えない! 出口はどこだ? 何とかしてくれ!」
「嫌です! 帝が私を連れて行かないと約束しない限り明るくできません!」
「わかった! もう連れて行かないから明るくしてくれ!」
かぐや姫は房に戻ると、
カチ。
房を明るくしてあげた。
文武天皇は安心した。
「よかった。これでかぐやを連れて帰れる」
「うそつき!」
カチ。
再び房は真っ暗になった。
文武天皇は混乱した。
「何だこれは! いったいどうしてかぐやはこんな呪術者みたいなことができるのだ!?」
「私はこの世界の女ではないからです」
「何だと? 天女だとでもいうのか?」
「そのように解釈してくださっても構いません。異界の者には違いありませんから」
「ううう……、口惜しいが仕方がない。とりあえず今夜は一人で帰ることにある。だからもう一度明るくしてほしい」
カチ。
房に明るさが戻った。
文武天皇は三度、かぐや姫の顔をまじまじと見て言った。
「やっぱり、この顔に吸い込まれてしまったら、連れ帰らずにいられようか?
みなの者、かぐやをさらってずらかるぞ! 早く来いっ!」
文武天皇は輿(こし)を担ぐ者たちを呼び寄せた。
かぐや姫はあきれ果てた。
「もう、知りません!」
カチ。
で、三度暗くしてやった。
文武天皇は暗闇の中、独りで輿に乗って帰るしかなかった。
帰り際、竹取の翁に、
「かぐやに逢わせてくれた礼を言おう」
と、盃(さかずき)を授けると、かぐや姫に歌を残したという。
帰途(かへるさ)の行幸(みゆき)物憂く思ほえて 背きてとまるかくや姫ゆゑ
(このまま帰るのがつらくて魂が留まっています。全部かぐやのせいっすよ)
かぐや姫も歌を返した。
葎(むぐら)はふ下にも年は経ぬる身の 何かは玉の台をも見ん
(草ボーボーのあばら家で暮らしてきた私のような者がきらびやかな宮殿になんて行きませんよーだ)