3.かぐや姫の昇天 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2018>平成三十年12月号(通算206号)仰天味 竹取物語後編(かぐや姫の昇天)3.かぐや姫の昇天
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その後、歌のやり取りはあったが、再び文武天皇がかぐや姫の房に忍んでくることはなかった。
「気味の悪い女と関わってはいけません!」
「遊びたいんなら普通の女と遊びなさい!」
持統上皇と阿閉皇女(あへのひめみこ・あべのおうじょ。後の元明天皇)が全力で阻止したのであろう。
こうして三年ほどが過ぎた頃、かぐや姫の元気がなくなってしまった。
なぜか月を見てため息をつくのである。
竹取の翁とオバアは心配した。
「姫はどうかしたのか?」
「さあ。何も言ってくれないから」
オバアは聞いてみた。
「姫、どうして月ばかり見てるの?」
「月にかざすと電波がよく入るの」
「でんぱ?」
「あ――、違うの。何でもない」
オバアはかぐや姫が扇(おうぎ)の下に何かを隠していることに気が付いた。
「あれ? その笏(しゃく)みたいなものは何?」
「スマホよ」
「すもう?」
「スマートフォン。未来の端末よ」
「???」
「これを見ると、色々な情報がわかるの。未来のニュースも分かるのよ」
かぐや姫がいじって見せた。
オバアが画面をのぞき込んで驚いた。
「およよっ!何か動いてる!」
竹取の翁ものぞきに来た。
そして、画面に出ていた記事の人物写真を見て思い出した。
「おおっ!そうだ!この人、『タケちゃん』じゃないか!」
「そうよ」
「元気なのか?」
「元気だけど、逮捕されちゃったの。牢屋に入れられちゃったのよ」
「何か悪いことをしたのか?」
「うん」
「どんな?」
「私を作ったからよ」
「え?」
「『OK細胞』っていう万能細胞から、私というクローン人間を作っちゃったからよ」
「??」
「彼には好きな女がいたんだけど、振られちゃったんで、その女の細胞から私を作り出して楽しんでいたのよ」
「言ってることがよくわからないんだが」
「わかるわけないじゃない。未来の話なんだから。彼が捕まって罪を認めちゃったから、私はもう終わりなのよ。ううっ!」
かぐや姫は泣き出した。
オバアは慰めた。
「何だかよくわからないけど失恋したんじゃな。牢屋にぶち込まれるような悪い男のことは忘れて新しい男を見つければいいでしょ」
「そうはいかないのよ!私の居所もばれちゃったんで、回収に来るのよ」
「どこから?」
「未来から」
「そんなバカな。どうやって未来から来れるんだい?」
「私もよくわからないけど、中秋の名月の夜に月の方にできた時空の隙間を利用して来るらしいの」
「何が来るんじゃ?」
「ゴミ収集車が回収に来るのよ」
「ゴミ? 何を回収に来るんじゃ?」
「私よ! 私はゴミなの! この時代にはいてはならない存在なの! 子供なんか作ったら、歴史が変わっちゃうから絶対にダメなの!未来にも私の居所はないわ!未来にはもう、私にソックリな女がいるんだから!私はゴミとして処分されるしかない運命なのよっ!」
竹取の翁とオバアはちんぷんかんぷんであった。
二人は大泣きするかぐや姫を遠巻きにして話し合った。
「オバアや。あの娘の言っていることがわかるかい?」
「さっぱり」
「でも、何かただならぬ事態が起こることは確かなようじゃ」
「ええ、お迎えが来るようなことを言っていたわね」
「昔から変な娘だから、あの子の勝手な妄想かもしれないな」
「だったらいいですけど」
「念のため、帝に相談してみるか」
「そうですね」
竹取の翁は文武天皇に伝えた。
「姫にお迎えが来るそうです」
「どういうことだ?」
文武天皇はびっくりして勅使を遣わしてきた。
「姫が言っているだけかも知れませんが、中秋の名月の夜に月からお迎えに来るそうです」
「なんと! かぐや姫は月の住人なのか?」
「さあ? わけのわからないことばかり言っているので何が何だか」
勅使は帰って文武天皇に説明した。
文武天皇は信じた。
「何しろあの美貌だ。マジで月の住人かもしれない」
「どうなさいます?」
「全力で守るに決まっているではないか! 何がお迎えだ! かぐや姫に指一本触れさせてはならぬ!」
中秋の名月の日、文武天皇は竹取の翁邸に兵を差し向けた。
近衛少将・高野大国(たかののおおくに)を勅使として衛府の兵二千人で守らせたのである。
大国は自信に満ちあふれていた。
「防御は万全です。築地の上に千人。建物の上に千人が弓で待ち構えています。月の住人達も退散するしかないでしょう」
かぐや姫はうれしくなかった。
「無駄な抵抗はやめてください。とてもこの時代の人たちが勝てる相手ではありません。死人が出れば、後世の歴史が変わってしまいます。お迎えが来たら、おとなしく私が出ていけばすむことです」
日が暮れ、夜が更けていった。
子の刻(午前零時頃)を過ぎた時、月影から何かが現れた。
ガー。
「来た!」
大国は気づいた。
ガーー。
何かと音は大きくなってきた。
「近づいてくるぞ!」
兵たちはいっせいに弓に矢をつがえた。
しかし矢を放つ者はいなかった。
みなみな何かに取りつかれたように、ポカンと見守っていたのである。
ガーーー。
空を飛んできたのはゴミ収集車であった。
ガーーーー。
ゴミ収集車は無抵抗な兵たちの包囲網を突破すると、
どちゃっ!
かぐや姫の房の前に着地した。
車の中から役所の職員が出てきて呼び鈴を鳴らそうとしたが、なかったので声をかけた。
「竹取の翁、讃岐造麻呂さんのお宅ですね? 環境局でーす。ゴミの収集に参りました〜」
「はーい、ただ今」
かぐや姫がスタタと出てきて応対した。
「ゴミはどこですか?」
「私がゴミです」
「ですか」
職員はかぐや姫をゴミ袋に詰めると、うんしょと担いだ。
そして、
どさっ!
と、収集車の投入口に放り込んで、
ウイーン。バキボキ!バキボキ!
と、片づけると、
「失礼しまーす」
と、車に乗り込んで、夜空のかなたに消えていった。
* * *
文武天皇はかぐや姫が書き残した手紙を見て号泣した。
これ以前、彼は彼女から密閉容器を手渡されていた。
『この中には「OK細胞」が入っています。私が死んだ後、どうしても私が恋しくなったら、これを培養してください』
『どういうことだ? 不死の薬が入っているということか?』
『そのように解釈してくださって結構です』
文武天皇は悲しみの歌を詠んだ。
逢ふ事も涙に浮かぶ我が身には死なぬ薬も何にかはせん
(かぐや姫がいなくなって泣き暮らしている朕に不死の薬なんていらねーや)
その後、天に最も近いという駿河にある高山の頂上で「OK細胞」を燃やさせた。
それからというもの、その高山のことを「ふしの山(不死の山。富士山)」と呼ぶようになったという。
[2018年11月末日執筆]
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