2.ああ、恋愛

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1.ああ、クソ
2.ああ、恋愛
3.ああ、無情

 屎はすくすくと成長した。
 年頃になった屎は、近所の婢
(ひ。女の奴隷)に恋をした。
 名前は伝わっていないので、仮に「婢売
(ひめ)」にしておこう。そして彼女も家人ということにしておこう。

「かわいいな。かわいいな」
 屎は婢売にメロメロだった。
 でも、婢売は、主人の息子とできているといううわさであった。
「いいんだよ〜」
 屎には自信があった。それもかなり確信していた。
「彼女は必ずボクのところにやってくる。どんなに寄り道しても、最後にはボクのところに落ち着くしかないんだ。そういう運命なんだ」

 実は当時、賤民良民の結婚は許されていなかった。
 家人は、家人同士でしか結婚できないことになっていた。
 つまり、家人である婢売は、良民である主人の息子とは結婚できず、家人の誰かと結婚しなければならなかったのである。
「その、家人の誰かとは、ボクのことだ。えへっ!」

 屎はクソのくせに、頭脳明晰(めいせき)で容姿端麗で質実剛健で性格温厚で健康第一であった。
 主人の息子は良民だったが、天然馬鹿で妖怪
(ようかい)変化で体調不良で直情径行で歯槽膿漏(しそうのうろう)であった。

 あるとき、屎はついに婢売に告白した。
「ずっと前から好きでした! ボクと付き合ってください!」
 でも、婢売はむげに断った。
「私、好きな人がいるから」
 屎は引き下がらなかった。
「知ってるよ。主人の息子だろう。でも、君とあいつは結婚できない運命じゃないか!」
「知ってるわ。でも、いいのよ」
「いいわけないじゃないか! あいつはそのうちに良民の女と結婚するんだぞ! このままあいつと一緒にいれば、君は一生アイツの愛人なんだぞ! オモチャなんだぞ! 奴隷なんだぞ! 君はだまされているんだっ!」
 婢売は泣きそうに言った。
「婢は生まれつき奴隷なのよ。一生オモチャでも、文句言えない身なのよ。私はそれでも彼と一緒にいたいの。そばにいたいのよっ!」
「ボクのそばではだめなんかよっ!」
「全然ダメ!」
「どこがだめなんだ! ボクはアイツよりかっこいいし、頭もいいし、性格もいいし、カネだけはないけど、こんなにも愛をいっぱい持っているんだ! こんなボクのとこがダメなんだ! 何か、改めてほしいところがあれば、教えてくれよっ!」
「だったら、その汚らしい名前を改めて」
 婢売の答えに、屎は黙ってしまった。
 婢売は、ここぞとばかりに口撃を加えた。
「私があなたと結婚すれば、私は一生言われるのよ。『あれはクソの女房』だって。子供が生まれたら、子供までいじめられるのよ。『あれはクソの子供』だって。ずっとずっと言われ続けなければならないのよ。そんなの、耐えられると思う?」
「そんなこと言ったって、生まれつきこういう名前なんだから、どうしようもないじゃないか! ボクはたとえクソでも、本当にクソだけど、君を幸せにしてみせる!」
「いやだって! そんなに言うんだったら、改名してよ! もっとマシな名前になったら、考えてあげてもいいわ」
「分かった。じいちゃんに変えてもらってくる! 待っていやがれ! このムカつく女っ!」
 屎はそう言い残すと、自宅に向かって駆けていった。

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