3.扉開く〜かい?

ホーム>バックナンバー2019>令和元年七月号(通算213号)引籠味 生きている空海3.扉開く〜かい?

2000万&8050問題
1.見に行く〜かい?
2.心動く〜かい?
3.扉開く〜かい?

 醍醐天皇の使いとして観賢と淳祐が紀伊高野山へ向かった。
 二人は金剛峰寺奥之院にある御廟に着くと、維那の僧に告げた。
「帝から弘法大師の号と袈裟を賜ってきた。開祖さま
(空海)に直接着せて差し上げたいので、御廟の扉を開けてほしい」
 維那の僧は驚いた。
「開祖さま御入定以来、御廟の扉を開けたことはございませぬ」
「開祖さまに毎食の膳を届けているのではないのか?」
「それは、御廟の前にお供えするだけでございます。御廟に入ったことは私はありませんし、先代や先々代の維那からも聞いたことがありません」
「ということは、今まで誰も御入定後の開祖さまを拝見した者はいないのだな?」
「そのように聞いております」
 観賢はほくそ笑んだ。
「それは好都合だ」
「はい?」
「これは勅命である。開祖さまは帝の夢枕にお立ちになられた。大師号拝受という前例のない栄誉をお受けになる御意思を示された。帝や開祖さまの御意思に背くことはできぬ。御廟の扉を開けよ」
「ですが……、前例のないことゆえ、扉を開けたら何が起こるかわかりません。恐ろしい罰が当たるかもしれません。怖いです! 私は入りたくありません!」
 おびえる維那に観賢は小声になって迫った。
「おぬしは扉を開けるだけでよい。中に入るのは私だ。すべての責任は私が取る。真言宗巻き返しの好機なのだ。このまま天台宗の連中に大きな顔をされ続けてもいいのか? 真言宗が認められることは、高野山にとっても好ましいことではないか」
「わかりました。私は開けるだけなので、あとは御自由にどうぞ。それと、終わったら厳重に戸締りしておいてくださいねっ」
「承知した」
 ガタガタ、ぎいぃぃぃ〜ん。
 維那の僧は御廟の扉を開けると、
「ひゃー!」
 ずででででで!
 一目散に逃走した。

 観賢は、続いて逃げようとした淳祐をふん捕まえた。
「待て! おまえは私と一緒に中に入るのだっ」
「びえぇ! マジで〜!」
 淳祐はこの世の終わりのような顔をして嫌がった。
「だって! 空海って、すっごい昔の人なんでしょ!? 生きてちゃおかしい方なんでしょ!? 絶対死んでるに決まっているじゃないですか〜! まだ生きてたらバケモノじゃないですか! 怖えぇよー! 絶対嫌だ! 入りたくねぇー!」
「うるさいな! とっととお前から入れや!」
「あっ! 師も怖いんだ〜!」
「何を言うか! わしが先に入ったら、そのスキにおまえは逃げるだろう! おまえが逃げないように背後から見張っていなければならないのだ」 
「別に私が逃げても、師が一人で入ればいいことじゃないですか! 私が入る必要なんて全くないじゃないですか! 怖いからって、私を巻き添えにするのはやめてくださいっ」
「ガタガタ騒ぐんじゃねぇ!」
 どん!
 観賢は淳祐を押し入れた。
「うわっ」
 淳祐はすっ転んだが、御廟の中には誰もいなかった。
「何にもないじゃないですか〜」
「開祖さまは地下の石室におられると聞いている。地下への通路があるだろう」
「あっ、ありました!」
「じゃあ、そこを行け」
「ありましたが、だんだん暗くなるので進めません〜」
 観賢は御廟の窓を開放した。
「どうだ? これで明るくなっただろう」
「なりましたけど、通行止めです」
「そんなことはない。石室の扉があるはずだ」
「あっ、ほこりを払ってみたら、扉のようなものが出てきました」
「よし、それを開けろ」
 ガタガタ!
「ダメです〜。押しても開きません〜」
「それなら、引け」
 ゴトゴト!
「やっぱりダメっす。押しても引いても開きません〜」
「なら、横に開けてみろ」
「ふんっ!」
 ガラガラガラカラ。
「あっ、一気に開きました!」
 ぶわっ!
 ぷ〜ん。もよよ〜ん。
 ぼわっ!ぼわわっ!
「うえっぷ! げほっげほっ!」
 淳祐はせき込んだ。
 観賢もやって来て中をのぞいた。
「どうだ? 開祖さまはおられるか?」
「わかりません。すごいにおいとほこりです。ほこりが霧のようになっていて何も見えません。何も見えませんし、私はもうこれ以上何も見たくありません」
 淳祐は両手で顔を覆ってしまった。

 はら、はら、はら――。
 ほこりの霧は次第に晴れてきた。
 晴れてくるにつれて、中の人の影が濃くなってきた。
「おられるではないか……」
 観賢は感激した。
「開祖さまが座っておられるではないか」
 感動のせいかほこりのせいか、涙があふれてきた。
「まるで生きておられるかのように……」
 観賢は、顔を覆って震えていた淳祐の背中を押しながら空海に近づいていった。
「ほら、開祖さまが目の前におられる。おまえも拝見しなさい」
 観賢が促しても、
「嫌ですぅ〜、怖いですぅ〜」
 淳祐はかたくなに顔を覆って拒否した。
 そこで観賢は、淳祐の手を取ると、それを空海のひざに押し当ててやった。
 ぴた!
「ひゃっ! 何ですこれは!」
「開祖さまのひざだよ」
「ええっ! あったかいじゃないですか! くんくん! なんかにおうしっ!」
「当然だ。開祖さまは生きておられるからな」
「ギャー! うわーっ! ぐわーっ!」
「ほんと、うるさいヤツだな。開祖さまも笑っておられるではないか」
「もういい! もういやだ! もう帰るっうっ!」
 淳祐は観賢を振り払った。逃げようとした。
 どて!
 でも、転んでしまった。

 立ち上がるときに振り向いてしまった。

 どどーん!
 そこに空海が座っていた。座っている彼と目が合ってしまった。
 空海はニタァ〜ッと笑っているようであった。
 ざわわ!
「あぶ!あぶっ!」
 背筋が凍るどころではなかった。
 心の底から悲鳴がしぼり出てきた。
「ぎゃー! でたぁーー!! ホントにいたぁーーー!!!」
 淳祐は猛ダッシュで逃走した。
 人類最速の走りが、そこにあった。

 観賢は伸び放題だった空海の髪をそり、つめを切り、袈裟を着せた後、石室を鎖したという。
 そのため、
空海は生きている」
 という「事実」を否定できる者は、誰もいなくなってしまった。

[2019年6月末日執筆]
ゆかりの地の地図
参考文献はコチラ

※ 空海の最期は、入定説と入滅説があります。
※ 観賢らが見た空海が生きていたかどうかは定かではありません。
※ 観賢らが見た空海は即身仏だった可能性があります。
※ 空海は火葬された説もあるため、観賢らが見たのは人形や木像の類だったのかもしれません。
※ 観賢が「空海は生きていた」とウソをついただけかもしれません。
※ もちろん、現在でも生きている可能性は皆無ではありません。

inserted by FC2 system