3.十津川

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★ 仙谷時代
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3.十津川

 オレは日夜武芸に励んだ。
 あるとき、そんな武闘派のオレのところに新入りの小姓がやって来た。
「はじめまして〜。新入りで〜す。今日からお世話になりま〜す。ウフッ!」
 妙になよなよした少年であった。
 オレはその態度にムカッときた。
「お前、男か?」
「やだな〜。正真正銘の男ですよ〜」
「男だったら木刀を取れ!相手してやるっ!」
 オレは木刀を構えた。
 小姓はおじけづいた。
「ボ、ボクは、そんな野蛮なことは、やったことありませんけど〜」
「何を言っているんだ!刀も振れないで武士といえるか!お前は親から何を教わってきたのだ!」
「ボ、ボクの親は商人で、太閤
(豊臣秀吉)さまのおかげさまで、にわか武士になったんです。ですから、ボクも武士がまだ慣れなくて〜」
「元商人だったのなら、武士以上の武士になれっ!それともなんだ?武士になりたくないのか?強くなりたくないのかっ!」
「強くなりたいです〜」
「本当になりたいのか?やる気があるのか!」
「なりたいです!やる気だってあります!」
「よーし」
 オレはちょっとおもしろくなった。
「本当に強くなりたいのなら、オレについて来い!」
「はい!」
 オレは馬に乗った。
 南へ南へ全速力で走り出した。
「若さま!待ってくだせえ!」
  慌てて二、三の家臣がついてきた。
 小姓もついてきた。
「なんか、速すぎるんですけどぉ〜」
 必死の形相で馬につかまってついてきた。
 オレはニヤリとした。
 間が空いたので、ちょっと速度を緩めてやった。


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現在の十津川(奈良県十津川村)周辺

 おれは大分前から十津川べりでふんどし一丁で待っていた。
 家臣が追いついてきて、遅れて小姓もやって来た。
「なんですかぁ〜、こんな山奥にぃ〜」
「度胸試しだ」
「度胸試しって、何を〜?」
「お前も脱げ」
「恥ずかし〜い」
 小姓はもじもじうじうじした。
「バカヤロー!お前は女かっ!」
 オレは怒鳴った。川の上にそびえ立つ大岩を指して言い放った。
「脱いだらあの上から川に飛び込むんだ!」
 小姓は仰天した。
「えーっ!ちょっとぉ〜、ウソでしょ〜。なんか、すごい高いんですけどぉ〜」
「見本を見せてやる」
 オレは岩の上に上ると、難なく飛び込んで見せた。
 どっぱーん!
「さあ、今度はお前の番だ」
「えー!マジでやるの〜!?」
「当たり前だ!こんなことぐらいできないようでは、オレの小姓として認めないぞ!飛び込めないんだったらクビだ!」
「そんなあ〜」
 小姓はいやいやふんどし一丁になった。
 オレが岩の上まで付き合って上ってやった。
 岩上から下を見ると、恐怖は格別であった。
「ひょえー!」
 下を見て、小姓は叫んだ。目がくらんだ。ガタガタ脚を震わせて騒いだ。
「怖いよー!こんなの飛べないよー!無理だよ。ムリムリ!だって、馬があんなにちっちゃいんだよ〜。ニンゲンだって、あんなちっちゃいんだよ〜。怖すぎて、ちびっちゃいそうだよお〜!」
「ガタガタ言うなっ!こんなものはやってみたらなんてことはないんだ!早く飛べよ!」
「でも〜」
「今のお前は男じゃないんだ!ここから飛んで初めて男になるんだ!飛べっ!」
「ううう……」
 小姓は覚悟を決めたようであった。
 岩の端までじりじりと歩み進むと、下を向いて構えた。
「そうだ。飛ぶんだ!頭から落ちるなよ。足から飛び込むんだぞ。足から落ちないと頭を打って血まみれだぞっ」
 小姓は深呼吸をした。足を踏ん張った。そして、飛んだ。
 ぴょーん!
 飛び降りたのではなかった。
「やっぱり怖いー!」
 オレに飛びつき抱きついてきたのである。
「この、意気地なしがぁー!」
 ばっ!
 小姓を受け止めたオレはよろめいた。
「あ!」
 とっさに足を踏ん張ろうとしたが、足の下に岩はなかった。
「ゲッ!」
 オレと小姓は重力に逆らうことはできなかった。
「うわー!」
「あれー!」
 どっぽーん!
 ばっちゃーん!ごっちーん!

「ああっ!」
「若さまがっ!」
 オレたちが川に落ちたのを見て、家臣たちはびっくりして近寄ってきた。
 まもなくオレは浮き上がってきた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
 家臣たちが駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ」
 小姓も浮き上がってきた。
 彼は満面の笑顔であった。
「飛べた!飛べた!ボク、飛べたよっ!ちゃんと足から落ちたんだよっ!」
 小姓がはしゃいでいるのを見て、オレはうれしかった。
 でも、オレはだんだん意識が薄れてきた。
「そうか。足から落ちたか……」
 オレは後頭部を触った。手に赤いものがべっとりとついていた。
「オレは、どうやら、頭から落ちたようだ……」
 オレは笑った。無意識でニヤついた。そして、倒れて沈んだ。
「若さまー!」
 小姓や家臣たちが騒いでいたが、オレにはもう何も聞こえなかった。

*               *               *

 家臣からオレの横死の成り行きを聞かされた桑山重晴は、激怒して小姓をしかりつけた。
「何てことをしてくれたんだ!おぬしが主君を殺したようなものじゃ!処刑はまぬがれぬぞ!」
 しかし、藤堂高虎が口を挟んだ。
「いいえ。このような不祥事が世間に広まることは、豊臣家にとっていいことではございませぬ。病死ということにしたほうがよろしいのでは?」
「うぬぬ……。それもそうであるな。仕方あるまい」

[2010年10月末日執筆]
参考文献はコチラ

※ 岩場から川へ飛び込むのは危険ですのでやめてください。
※ 豊臣秀保の没年は、文禄四年(1595)説と文禄三年(1594)説があります。

※ 豊臣秀保の死因については天然痘(てんねんとう)での病死説が一般的ですが、小姓との心中説や、暗殺説などもあります。

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