1.YOASOBI | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2021>令和三年3月号(通算233号)女傑味 大伴坂上郎女1.YOASOBI
|
白馬のおじさまとはよく遊んだ。
おじさまはしょっちゅうあたしの家に遊びに来た。
おじさまと遊ぶのは楽しかった。
でも、あの夜は違った。
あの夜、おじさまはあたしを外に連れ出した。
「どこに行くの?」
「夜遊び」
「夜遊びって何をするの?」
「楽しいことだよ」
「楽しいことって、なに?」
「へっへっへー」
夜遊びした後、おじさまは、
「最高だった!」
と、喜んでいたが、あたしは全然楽しくなかった。
あたしは何も変わっていない。
変わったのは周りの目だ。
「あの娘、穂積親王殿下のオンナになったんだって」
「えっ! 穂積親王殿下って、知太政官事(ちだじょうかんじ)の!?」
「知太政官事って、この世の中で帝の次に偉い人じゃなかったっけ?」
「知太政官事というのは、太政大臣や左右大臣に次ぐ地位だそうな」
「ふーん。そんな偉い人と付き合うなんて、斜陽豪族大伴氏の小娘のくせに、やるねえ〜」
「小娘って言うな。今のうちに仲良くしておいたほうがいいぞ」
あたしは表向きにちやほやされてもうれしくなかった。
「タジマ」
おじさまが寝言でもらした名前が気になっていた。
あたしの家には物知りの「ばあや」がいた。
数十年前に日本に帰化した新羅出身の尼・理願(りがん)だ。
「ねえ、タジマって誰か知ってる?」
理願は知っていた。
「但馬皇女(たじまおうじょ・たじまのひめみこ。但馬内親王)。殿下の元カノですよ」
予想はしていたが、理願は詳しく知っていた。
「但馬皇女は殿下の異母妹ですが、二人は愛し合っていました。但馬皇女には高市皇子(たけちのみこ・たけちおうじ)という夫がいたにも関わらずです(「天皇家系図」参照)」
「不倫じゃん!」
高市皇子と但馬皇女も異母兄妹のため、おぞましき泥沼近親相姦だ。
「安心してください。但馬皇女は故人です。今の殿下はあなたに夢中なのです」
「うれしくないわ。おじさまにとって、あたしは代用品でしかないんだから」
和銅八年(715)七月二十八日、おじさまは逝った。享年不明。
あたしは自由になった。
あの『万葉集』に、あたしとおじさまの歌はない。
そうそう。おじさまがタジマが死んだ時に捧げた歌を見つけた。
どうでもいいけど載せておく。
降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒くあらまくに