2.無用心な貴人

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金属盗難ブームに沸く日本
1.大泥棒・袴垂
2.無用心な貴人
3.近寄りがたき貴人
4.貴人の正体

 ある年の十月のことです。旧暦ですから、現在でいう十一月頃ですな。めっきり寒くなってきた時分です。
「ああ、さぶっ」
 身震いしたあっしは思いつきました。
「そうだ!着物を盗もう!」
 泥棒的安易な思考です。
 しかもただの着物じゃ嫌でした。
「どうせ盗るなら、高価で豪華な着物を盗もう。へっへっへ!」

 あっしは街へ出ました。
 金目のものといえば、京の街です。
 貴族なる特権階級の連中が闊歩
(かっぽ)する平安の都です。
 訂正です。「平安」なんて言葉は真っ赤なウソです。
 その実情は、くんずほぐれつドロドロどろんどろん、生けるもの死せるもの様々な諸悪がごっちゃに共存する魔界都市でした。
 そうです。あっしの存在もちまたにはびこっている諸悪の一つに過ぎなかったんです。

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 あっしは獲物を物色しました。
 高価で豪華な着物を着た連中は、いくらでもいました。
 しかしそいつらはみんな「武士」なる用心棒を雇っています。あっしは最強ですが、数には勝てませんし、面倒くさいこともしたくありません。
「時を待つか」
 あっしは夜になるのを待ちました。

 日が暮れると、当然のことながら人通りが少なくなります。
 それならいい着物を着た人も少なくなるんじゃないかって?
 いいや。それが違うんですなー。男というものは、昼よりも夜のほうがいい服を着て出かけるもんなんですなー。
 そうです。「夜這
(よば)い」です。真夜中の平安男の唯一の娯楽です。
 しかも、そいつらの頭には「○○ちゃん」のことしかありません。
「見よ! この歌のできばえを!」
「待ってろよ、○○ちゃ〜ん」
「今夜こそ、マロはモロになる!」
 そんな野郎どもは浮かれて焦がれて夢を見て、注意力散漫になっているんです。
 しかも、秘め事というものは人に知られたくないもんです。つまり、警護も手薄になるんです。泥棒にとってはこんな格好な獲物はありません。

 真夜中になりました。
 あたりはすっかり静まり返りました。
「そろそろ色ボケ男がのこのこ出てくるコロアイだ」
 あっしは周囲を見回しました。
 平安京に街灯はありませんが、月明かりで十分です。適度に暗いほうが、獲物に気づかれずに接近することができるんです。

 獲物の気配は目よりも先に耳に入ってきました。
 笛の音が響いてきたんです。
 あっしは音の鳴るほうに歩き出しました。
 音源はすぐにわかりました。
 男が一人、ぶらっと歩きながら暢気
(のんき)に吹いていました。
 目当ての着物は何枚も重ね着しています。いい衣です。
 あっしはほくそ笑みました。
「五位相当の中級貴族だな」
 背格好もちょうどあっしと同じくらいです。
「しかも独りだ」
 あっしは刀の柄
(つか)に手をかけると、喜んでそいつに近づいていきました。

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