3.煙になった男

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甘利明&ベッキー
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2.土煙の中の男
3.煙になった男

 村上軍を敗走させた板垣信方は、勝鬨(かちどき)をあげた後、幕を張って首実検を始めた。
 プップカ、プップカ、プップカ、ポッポー。
 もちろん、タバコをふかしながらである。
「うめえ!働いた後のタバコはうまいのう〜」
 プップカ、プップカ、プップカ、ポッポー。
「で、討ち取った敵の数は?」
「百五十ほどで」
「名のある部将の首もあるのか?」
「ありますよ」
「ほう」
 信方は床几
(しょうぎ)から立つと、たくさん並べられた首の中を歩いて回った。
 案内役が説明した。
「これが小島権兵衛
(こじまごんべえ)
「ふむ」
「名札がないのは名も無き雑兵」
「ふむふむ。で、胴体があるのは?」
「胴体はありませんて。首だけしか並べてませんので」
「だが、そこにある遺体は胴体もあるぞ」
「ありませんよ〜」
「ほら」
 信方が指差した遺体がニヤッと笑った。
「あ!」
 シュバッ!
 次の瞬間、胴体のある遺体が舞い上がると、案内役は首だけになった。
「村上家中、安中一藤太
(あんなかいちとうた)!推参っ!」
 信方は状況を悟った。
「おのれ、残党!」
 バリッ!バリッ!
「ワー!ワー!」
 幕を切り裂いてさらなる敵軍が乱入してきた。
「クソッ!」
 信方は馬に乗って戦おうとした。
 が、安中は背中を見せたそのスキを逃さなかった。
「食らえ!」
 ブスゥ〜ウ!
「おう!」
 尻に槍で深々と刺された信方は、
 ドサッ!
 落ちたところを、
「村上家中、上条織部
(かみじょうおりべ)!」
 別の侍に組み伏せられて首を取られてしまった。
 享年六十
(異説あり)
 彼が吸っていたタバコは、弔いの線香のようにしばらく煙を上げていたことであろう。

「大変ですぅー!板垣駿河守信方様、お討ち死にー!」
 知らせを受けた甘利虎泰
(あまりとらやす)は、板垣隊の救援に向かった。
「もはや手遅れですぞ!」
 味方に止められたが、
「これが私の武将としての美学だ」
 と、構わず戦死しに行った。
 享年五十一
(異説あり)

「一気に突き崩せー!」
 義清は精鋭七百騎を率いて晴信本陣にも襲いかかった。
「お館様をお守りいたせー!」
 初鹿野高利
(はじかのたかとし)が戦死し、
「大将たるものは刀を抜かぬぞ」
 晴信自身も腕を負傷するが、馬場信房
(信春)らの奮戦で何とか義清らを追い払うことはできた。
 両軍は戦闘が終わった後もしばらく対陣していたという。
 この戦いでの戦死者は、武田軍七百人
(千二百人とも)、村上三百人(千七百人とも)と伝えられている。

 戦後、信方が死んだ場所に彼の墓が建てられ、板垣神社として祭られるようになった。
 プップカ、プップカ、プップカ、ポッポー。
 愛煙家だった信方のために、今でもタバコを供える人が多いという。
 下記が彼の辞世の句という。

   飽かなくもなほ木のもとの夕映えに 月影宿せ花も色そふ

[2016年1月末日執筆]
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