ホーム>バックナンバー2020>令和二年7月号(通算225号)希望味 ホイットニーvs升田幸三1.ホイットニー●−●木村義雄
棋界の首領・木村義雄は追い詰められていた。
「ユーは悪だ! 戦争協力者だ!」
あの関根金次郎(「将棋味」参照)の弟子で、将棋第十四世名人に昇り詰め、大成会(将棋連盟の前身)会長を務めている最強の棋士が、外人との論戦で一敗地にまみれた。
「終わりだ! 戦中、ユーは軍部の命令で各隊へ戦略指導の講演に赴いていた! ユーがジャップの軍人たちとネンゴロだったのは、お見通しなんだよー!」
「むうう……」
木村を論破した外人とは、GHQのナンバーツー、民政局長ホイットニー(Courtney Whitney)である。
日本国民ならおなじみの、奇跡の平和憲法・日本国憲法の草案を作り上げた人である。
「日本人に二度と戦争をさせてはならない」
すべては不戦のためであった。
不戦のために、大日本帝国憲法や教育勅語、軍人勅諭などを無効化した。
戦前から配布されてきた戦意高揚教材や戦争関連書籍を廃棄した。
柔道や剣道や弓道など武道を禁止した。
戦闘シーンが含まれる時代劇や、忠臣蔵など復讐心をあおる内容が含まれた芸能も排除した。
新聞などメディアを検閲し、危険思想を徹底的に排斥した。
そして、将棋もやり玉に挙げたのである。
「将棋は盤上の戦争である。軍人を養成する教材そのものである。こんなけしからんものは平和国家日本にはふさわしくない! 将棋も禁止だ!」
「そんなことはない! 将棋は平和的な盤上遊戯だ!」
木村はGHQに抗議に来たのであるが、ホイットニーに返り討ちにされてしまったのである。
「HAHAHAHAHAHA!」
ホイットニーは勝ち誇った。
「何もユーを罰するつもりはない。罰するのは将棋だ。日本人を好戦的にしてきた将棋は今後一切禁止にする。ユーは大成会を解散させ、国民に将棋をしないように呼びかければいいのだ。やってくれるな?」
「……」
「返答はどうした?」
「返答しかねます」
「ホワーイ? ユーは将棋界のボスなんだろ? ユーが廃止を宣言すれば、将棋界の下々の者どもは従うはずだ!」
「それが、まつろわぬ者もいるのです」
「まつろわぬ者だと?」
「はい」
「誰だそれは?」
「関西の坂田三吉(さかたさんきち)門下、木見金治郎(きみきんじろう)の弟子・升田幸三――。関西の連中は、関東の意には従いません」
「ほう」
ホイットニーは理解した。
「それなら、関西を代表するそいつを論破しさえすれば、将棋廃止を宣言するんだな?」
「はい。論破できれば話ですが」
「おもしろい! その男をここに連れて来い!」


