3.鎮西八郎為朝 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2013>3.鎮西八郎為朝
|
伊豆七島 |
大島(おおしま) 利島(としま) 新島(にいじま) 神津島(こうづしま) 三宅島(みやけじま) 御蔵島(みくらじま) 八丈島(はちじょうじま) |
俺、源為朝。
通称鎮西八郎。
外見的特徴は不良。いわゆるヤンキー。
去る保元の乱で敗れて伊豆流刑にされ、流人として大島で暮らしていたが、大島代官藤井忠重の娘・簓江と結婚して二男一女をなし、今では事実上の島主になった。
大島だけではない。利島(としま。東京都利島村)・新島(にいじま。東京都新島村)・神津島(こうづしま。東京都神津島村)・三宅島(みやけじま。東京都三宅村)・御蔵島(みくらじま。東京都御蔵島村)・八丈島(はちじょうじま。東京都八丈町)など、いわゆる伊豆七島はすべて俺の手に入った。
が、どうやら俺の権勢もここまでのようだ。
嘉応二年(1170)四月、伊豆介・工藤茂光が兵五百余騎、船二十艘(そう)余でもって、ここ大島に攻め寄せてきたのである。
俺は覚悟を決めた。
「もはや、自害するしかあるまい」
簓江が反対した。
「抵抗しないんですか?」
「俺は朝敵なのだ。朝敵は抵抗したって無駄なのだ。たとえ寄せ手を全滅させたところで、朝廷は次から次へと新手を送り込んでくる。どんなに敵をきりがないということだ。どうせ討たれるのであれば、人殺しは最小限に抑えたい」
「最小限って?」
「俺とおまえたちを殺すってことだ」
「へ!」
ブス!
俺は三男・為頼(ためより)に刃を突き立てた。簓江との子としては長子である。
ぴゅー!
「あれ〜、父上〜」
為頼は血しぶきあげてこと切れた。
「びゃー!」
返り血を浴びた簓江は奇声を上げた。
ばっ!ばっ!と、両脇に幼い四男(為家)と娘(島君)を抱えると、
「私は死にたくないー!」
ものすごい勢いでどこへともなく舟に乗って逃げて行った。
俺は苦笑した。
「去る者は追わず」
俺は自慢の強弓を手に取った。
「そうだ。自害の前に、工藤に最期の一撃をお見舞いしておくか」
俺は矢をつがえ、弓を引き絞った。
ギリギリギリギリギリ〜。
迫りくる船団の中に、ひときわ大きな船があった。
工藤茂光が乗った「旗艦」に違いなかった。
俺は叫んだ。
「工藤!伊豆大島へようこそ!これが俺の貴様に対する『おもてなし』だ!食らえっ!」
俺はねらいを定めて矢を放った。
ビュビュビューン!
矢は豪風を巻き起こし、時折火花を散らし、渦を巻いて「旗艦」へ吸い込まれていった。
そして、
ドッッッブァァァァーーーーーン!
あたりに雷鳴のような爆音がとどろいたかと思うと、。
ずずずず!
めりめりめりめり!
バリバリバリ!
「旗艦」は大きく揺れ、傾き、見る見る低くなって海の下に見えなくなってしまった。
「南無阿弥陀仏……」
沈没を見届けた俺は、宅に帰って柱を背にして腹を切って自害した。
これが武士の切腹の初例とされているという。
享年三十二。
八丈小島(はちじょうこじま。八丈町)に辞世の句が伝えられている。
梓弓(あづさゆみ)手にからまいていたづらに 敵を待つまぞ久しかるべき