3.鎮西八郎為朝

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不屈の伊豆大島
1.工藤介(狩野介)茂光
2.三郎大夫忠重
3.鎮西八郎為朝
4.加藤次景廉
伊豆七島
大島(おおしま)
利島(としま)
新島(にいじま)
神津島(こうづしま)
三宅島(みやけじま)
御蔵島(みくらじま)
八丈島(はちじょうじま)

 俺、源為朝
 通称鎮西八郎。
 外見的特徴は不良。いわゆるヤンキー。
 去る保元の乱で敗れて伊豆流刑にされ、流人として大島で暮らしていたが、大島代官藤井忠重の娘・簓江と結婚して二男一女をなし、今では事実上の島主になった。
 大島だけではない。利島
(としま。東京都利島村)・新島(にいじま。東京都新島村)・神津島(こうづしま。東京都神津島村)・三宅島(みやけじま。東京都三宅村)・御蔵島(みくらじま。東京都御蔵島村)・八丈島(はちじょうじま。東京都八丈町)など、いわゆる伊豆七島はすべて俺の手に入った。
 が、どうやら俺の権勢もここまでのようだ。
 嘉応二年(1170)四月、伊豆介・工藤茂光が兵五百余騎、船二十艘
(そう)余でもって、ここ大島に攻め寄せてきたのである。
 俺は覚悟を決めた。
「もはや、自害するしかあるまい」
 簓江が反対した。
「抵抗しないんですか?」
「俺は朝敵なのだ。朝敵は抵抗したって無駄なのだ。たとえ寄せ手を全滅させたところで、朝廷は次から次へと新手を送り込んでくる。どんなに敵をきりがないということだ。どうせ討たれるのであれば、人殺しは最小限に抑えたい」
「最小限って?」
「俺とおまえたちを殺すってことだ」
「へ!」
 ブス!
 俺は三男・為頼
(ためより)に刃を突き立てた。簓江との子としては長子である。
 ぴゅー!
「あれ〜、父上〜」
 為頼は血しぶきあげてこと切れた。
「びゃー!」
 返り血を浴びた簓江は奇声を上げた。
 ばっ!ばっ!と、両脇に幼い四男
(為家)と娘(島君)を抱えると、
「私は死にたくないー!」
 ものすごい勢いでどこへともなく舟に乗って逃げて行った。
 俺は苦笑した。
「去る者は追わず」
 俺は自慢の強弓を手に取った。
「そうだ。自害の前に、工藤に最期の一撃をお見舞いしておくか」
 俺は矢をつがえ、弓を引き絞った。
 ギリギリギリギリギリ〜。
 迫りくる船団の中に、ひときわ大きな船があった。
 工藤茂光が乗った「旗艦」に違いなかった。
 俺は叫んだ。
「工藤!伊豆大島へようこそ!これが俺の貴様に対する『おもてなし』だ!食らえっ!」
 俺はねらいを定めて矢を放った。
 ビュビュビューン!
 矢は豪風を巻き起こし、時折火花を散らし、渦を巻いて「旗艦」へ吸い込まれていった。
 そして、
 ドッッッブァァァァーーーーーン!
 あたりに雷鳴のような爆音がとどろいたかと思うと、。
 ずずずず!
 めりめりめりめり!
 バリバリバリ!
「旗艦」は大きく揺れ、傾き、見る見る低くなって海の下に見えなくなってしまった。
「南無阿弥陀仏……」
 沈没を見届けた俺は、宅に帰って柱を背にして腹を切って自害した。
 これが武士の切腹の初例とされているという。
 享年三十二。
 八丈小島
(はちじょうこじま。八丈町)に辞世の句が伝えられている。

  梓弓(あづさゆみ)手にからまいていたづらに 敵を待つまぞ久しかるべき

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