2.勝手に死んじまった

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広島土砂災害とシリア情勢
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 元弘三年(1333)五月十七日、分倍河原・関戸(せきど。東京都多摩市)と連勝した新田義貞は、関戸に留まって軍勢を結集した。
「官軍新田軍連戦連勝!」
「乾坤一擲
(けんこんいってき)、分倍河原合戦でも官軍に軍配!」
得宗家随一の勇将・北条泰家
(ほうじょうやすいえ)もコテンパン!」
六波羅を落とした官軍が、ついに鎌倉陥落へも王手をかけた!」
「官軍戦闘員募集!来たれ、若武者ども!」
「お国のために働けるお仕事です!」
 うわさを聞きついて関東八州から続々と武士たちが集まってきた。
 全員に記名させたところ、六十万七千余騎にもなったという。
「すげえ!」
 脇屋義助
(わきやよしすけ)はホクホクした。
 義貞は船田義昌
(ふなだよしまさ)に聞いた。
鎌倉にいる幕府軍はいかほどか?」
「多くの者が寝返ったため、せいぜい二十万騎かと」
「我が軍の三分の一か。一気につぶしてくれようぞ!」
「おー!」

 鎌倉は一方が海、三方を山に囲まれた天然の要害である。
 そのため山には人馬が往来できるように「切通
(きりどお・きりとお)し」という通路が設けられていた。
 江戸時代に「鎌倉七口
(ななくち)」と呼ばれた、極楽寺(ごくらくじ)坂・大仏(おさらぎ)坂・化粧(けわい)坂・亀ヶ谷(かめがやつ。亀ヶ井)坂・巨福呂(こぶくろ。小袋)坂・朝比奈(あさひな。峠)坂・名越(なごえ)坂のことであるが、当時(鎌倉時代末期)は大仏坂はまだなかったという。

 義貞は軍を三つに分けると、巨福呂坂(北口)・化粧坂(北西口)・極楽寺坂(西口)の三か所から同時に鎌倉へ攻め込むことにした。

  極楽寺坂方面軍  大館宗氏・江田光義ら十万余騎
  巨福呂坂方面軍  堀口貞満・大島守之ら十万余騎
  化粧坂方面軍   新田義貞・脇屋義助ら四十万七千余騎
  総 勢        六十万七千余騎

 左将軍(さしょうぐん)に任命された大館宗氏(おおだてむねうじ)は勇んだ。
「つまりこれは御所への障害物競走というわけですな。まあ、拙者に勝てる者がいるとは思えないが」
 上将軍
(じょうしょうぐん)に任命された堀口貞満(ほりぐちさだみつ)は笑った。
「へへっ、負けませんぜ」

 知らせを聞いた幕府軍も守りを固めた。

  極楽寺坂  大仏貞直ら五万余騎
  巨福呂坂  赤橋守時ら六万余騎
  化粧坂   金沢貞将ら三万余騎
  予備軍   十万余騎
  総 勢   二十四万騎

現在の巨福呂坂(神奈川県鎌倉市)

 幕府軍はただ守ってばかりではなかった。
 巨福呂坂を守った赤橋守時
(あかはしもりとき。北条守時)は洲崎(すさき。須崎)まで積極的に打って出た。
 一昼夜で六十五度も出撃したという。
 そのため、ばてるのも一番早かった。
 六万騎いた兵は、戦死や裏切りや逃亡によって三百余騎にまで激減してしまったのである。
 刀折れ、弓の弦
(つる)を切らし、手傷を負った守時はどっかと座り込んだ。
「終わりだ。わしは自害する」
 部下の南条高直
(なんじょうたかなお)が止めた。
執権様。ここはいったん退避して得宗家と命運を共にすべきでしょう」
 守時は思い出した。
「そういえば、わしは執権だったな」
 彼は鎌倉幕府最後の第十六代執権であった。
 得宗専制政治の今、余りに実権がなかったため忘れていたのであった。
「さ、早く、退避命令を」
 守時はうんとは言わなかった。
「わしにはそれができないのだよ」
 これには事情があった。
 守時の妹・赤橋登子
(とうこ)は、幕府を裏切って六波羅探題を滅ぼしてしまった足利高氏(尊氏)と結婚していたのである。
「わしは裏切り者の義兄だ。得宗に敗北を報告する顔はない。敗北の責任は命でもって償うよりほかないのだ」
「おいたわしや〜」
「おいたわしいのは得宗家も同じだ。もはや官軍の勢いは止められない。数日中に得宗家も滅びるであろう。御免!」
 ずっぷ!ずっぷ!
 守時は十文字に腹を切って突っ伏した。
 高直は泣いた。
「痛そう!お供いたそう!」
 ぐばっ、ぷしゅー!
 高直もまた腹を切って守時の遺体に覆いかぶさった。
「僕も!」
「拙者も!」
「おらたちも一緒に逝く!」
「みんなで逝くのだ!」
 がちゃがちゃ!
 ぞりぞり!
 ぶっそぶっそ!
 びっちゃびっちゃ!
「おえ、スゲー血が出てる〜」
「半端ねえ痛さ〜」
「もうだめ、意識もうろう〜」
 こうして部下たち九十余人が我先にと切腹し、覆い重なって絶命したため、ちょっとした小山ができた。
 時に元弘三年(1333)五月十八日。

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