4.稲村ジャジャーン | ||||||||||||||
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「大館又次郎宗氏殿、極楽寺坂でお討ち死にー!」
「敵軍逆襲、大館・江田軍、腰越まで撤退ー!」
「なに、宗氏が死んだだと……」
一軍の大将の戦死は、新田義貞にとって衝撃であった。
「敵に巻き返されてはたまらぬ」
義貞は本軍を率いて極楽寺坂に向かった。
途中、江田光義が迎えた。
「申し訳ございません。私は先走る大館殿を止めることはできませんでした」
「大仏勢は相当強いのか?」
「ええ。しかし、敵に死角がないわけではありません。けれどもその死角は、いつでもあるわけでもありません。その死角を突くことができれば、我が軍は一挙に御所を目指すことができましょう」
「回りくどいことを申すな。策があるなら手短に申せ」
「はい」
光義は宗氏にも説明したあの策を、義貞の耳元でもコショコショコショと述べた。
義貞は喜んだ。
「なるほど。で、『死角』になる日時は分かっているのか?」
「ええ、地元の漁師に聞いておきました。五月二十一日の月入りの頃です」
「ならば二十一日の晩に稲村ヶ崎に軍を集結させよ。どうせやるなら大々的にやる」
「大々的にとは?」
「俺は神主になる」
「ププッ!」
「似合わぬか?エセ神主に見えるか?たとえエセ神主に見えたとしても、神意が眼前に広がれば、みなみな俺に従うであろう!」
現在の稲村ヶ崎(稲村ガ崎)(神奈川県鎌倉市) |
元弘三年(1333)五月二十一日夜、義貞は稲村ヶ崎に兵たちを集めた。
総勢六万騎という。
「あれ?初めは六十万超いたのに、ここでは六万?」
苦戦しているとはいえ激減しすぎであるが、この辺は中国の史書にならっている『太平記』の太平記たるところであろう。
とにかく、兵たちは不満であった。
「こんな夜中に、なになに〜?」
「ふあぁぁ、眠たいよ〜」
「用があるなら明日の朝にしてよ〜」
義貞がみなに触れた。
「今から鎌倉を総攻撃する」
兵たちは驚いた。不思議がった。暗い周りを見回した。
「今からって、極楽寺坂も突破していないのに、どっから攻め込むんだよ〜?」
「わけわかんねーな〜。ここから鎌倉は見えるけど、間に海が広がっているし〜」
「海上には敵の船団も並んでいるし〜」
「御大将は寝ぼけておられるんですかぁ〜?」
ぶうたれる兵たちに向かって義貞は声を張り上げた。
「我が軍は海を行く!徒歩で海上を渡って幕府に攻め込む!」
兵たちは仰天した。びいびい騒ぎ出した。
「無茶苦茶だー!」
「おらたちはアメンボじゃねえー!コイツ、どっか、おかしいぜー!」
「やっぱり寝ぼけておられるんだぁー!」
「だまれ!だまれ!だまれ!」
義貞は怒鳴りつけた。
「水を操るのは竜神である!この海にも、竜神様は住んでおられる!俺は今から竜神にお願い事をする!この目の前に広がっている海をほんの一時だけ陸にしてくださいと!さすれば我が軍は幕府を滅ぼすことができると!」
兵たちはドッと笑った。
「やっぱり狂っている!」
「海が割れるとでも言うんかい!」
「ありえない話だ!今まで僕たちはこんな大ぼら吹き大将について来ていたのか!」
「リュージンサマ?ナニソレ!んなもん、実在するわけねーだろ!」
「ぎゃはははは!おかしーったらありゃしねーぜ!」
「てめーら、笑うんじゃねぇー!」
義貞は一喝すると、兵たちに約束した。
「俺は明日の朝までに必ず海を陸にしてみせる!笑いたい者は、そうならなかった朝に、存分に百倍でも千倍でも笑いやがるがいい!」
義貞は鎧(よろい)を脱ぐと、海に向かって平伏して礼拝した。
「伝え承る。日本開闢(かいびゃく)の主・天照大神は本地(本性)を大日如来(だいにちにょらい)とし、垂迹(仮の姿)を蒼海(そうかい)の竜神に現したまえりと。我が君(後醍醐天皇)その末裔として、逆臣(得宗家)のために西海の浪に漂いたまう。義貞、今臣下として道を尽くさんために、斧鉞(ふせん。武器)を取って敵陣に臨む。その志、ひとえに王化(天皇の政道)を助け奉りて、蒼生(そうせい。民)を安からしめんとなり。仰ぎ願わくは、内海外海(世界)の竜神八部衆、臣が忠義をかんがみて、潮(うしお)を万里の外に退け、道を三軍(我が軍)の陣に開かしめたまえ!」
義貞は一心に祈った。
「ただとは申さぬ!武士の魂を献上いたそう!竜神よ、我が渾身(こんしん)の魂、受け取られよっ!」
がちゃちゃっ!
義貞は腰に差していた太刀(たち)を抜いた。
きらびやかな黄金飾りの太刀であった。
そして、それを惜しげもなく海中に投じたのである。
ざっぽーん!
太刀は海中に消えていった。
兵たちは固まった。
「御大将はマジだよ……」
「マジだけど、竜神様がそんな無茶な願いを聞いて下さるはずがねえ」
「だって、竜神様なんて存在しないのだから」
「ああ、もったいねえ」
義貞らは海が陸になるのを待った。
静かな波音を子守唄に、兵たちは寝落ちしてしまった。
どれくらい時がたったであろうか?
「おい」
目覚めた兵が寝ている兵を揺さぶった。
「海が陸になってる……」
寝ていた兵は半目で吹き出した。
「んなことあるわけねーだろ」
「でも、なってる……」
寝ていた兵は眼前に広がっていた海を見てみた。
「あれ?」
が、そこには海はなく、代わりに広大な浜辺が広がっていた。
海上にいた敵の船団もはるか沖に流されてしまっていた。
「あれ?あれれ!?」
何度目をこすって確かめ見ても同じであった。
兵たちは騒いだ。
「海がない!」
「跡形もなくなっている!」
「敵の船も消えてる!」
「どゆこと!? どゆこと!?」
いつの間にか鎧兜(かぶと)を装着していた義貞が進み出て教えてあげた。
「竜神様が願いをかなえてくださったのだ」
兵たちは肝をつぶした。
「ひゃー!マジでー!」
「こんなことって!こんなことって!」
「竜神様って、ホントにいらっしゃったのかー!」
「新田様って何者だ?まさか、竜神様の子!?新田小太郎義貞様の正体は、竜の子太郎なのかー!!」
義貞は馬に飛び乗った。
馬は立ち上がってヒヒンといなないた。
義貞は予備の太刀を抜くと、きらめく切っ先を暁の空に突き上げて力強く号令をかけた。
「皆の者、鎌倉への道は開けた!神は幕府より、帝に従う我々を選んでくだされた!勝利の女神は我々の前に舞い降りた!幕府の命運、ここに尽きたり!行けっ!神に選ばれし者たちよ!今こそ栄光の浜辺を駆け抜けよっ!」
「おおー!」
(「離脱味」へつづく)
[2014年8月末日執筆]
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※ 干潮を理由した稲村ヶ崎渡渉伝説の日時について、『太平記』には五月二十一日とありますが、近年の研究では五月十八日だったとされています。