3.瀬田駅

歴史チップス>バックナンバー2023>令和五年11月号(通算265号)牛虎味 丑寅注意3.瀬田駅

猛牛vs猛虎
1.建部社
2.石山寺
3.瀬田駅
4.平安京

 瀬田駅は琵琶湖から南流する瀬田川(せたがわ。淀川の支流の一つ)の東岸にあった。
 東海道東山道の駅の一つで、近江国府の近くにあり、へ向かう逢坂
(おうさか。京都府・滋賀県境)にも近い。
 近江八景の一つ「瀬田の夕照」の景勝地でもある。

近江八景
三井(みい)の晩鐘
石山(いしやま)の秋月
堅田(かたた)の落雁
粟津(あわづ)の晴風
唐崎(からさき)の夜雨
瀬田(せた)の夕照
矢橋(やばせ)の帰帆
比良(ひら)の暮雪

 弓削是雄はその晩はこの駅で泊まり、明日、へ帰る予定であった。
 宿にはそこそこの身分の一行も泊まっていた。
「どこの一行かな?」
 一行の下人が答えた。
「穀倉院の伴世継さまですよ」
「とものよつぎ!」
 それは、さっきのダンナ殺害計画の標的の名であった。
「主人を御存じなんですか?」
「いや、知らないが、ちょっと会わせてほしい。わしは陰陽師の弓削是雄と申す者だ」
「承知いたしました」

 しばらくして世継がやって来た。
「お初にお目にかかります。御名は存じておりました。確か今は天文博士
(てんもんはかせ)をお務めですよね?」
「天文博士ではありませんが、星に詳しいので博士と呼ばれております」
「何か私に用があるとか?」
 是雄がマジマジと世継を見つめてうめいた。
「やはり、死相が出ておられる」
 世継は怒り出した。
「何の用かと思ったら、そんなことでしたか? 私は博士の悪いうわさも聞いています。それって博士の常套
(じょうとう)手段でしょ? 人を不安がらせて金品をせしめているんでしょ? まるで詐欺(さぎ)じゃないですか!」
「いえ、これは詐欺ではありません」
「これはってことは、やっぱり詐欺もしているんですか!?」
「わしは詐欺師ではありません。陰陽師ですって!」
「ケッ! 私は信じませんよっ! 星占いなんかで人の運命がわかるわけねーじゃねーか!」
「信じてくれない方にはわしも何も申しません」
「不愉快だな!」
 世継はブリブリ怒って帰っていった。

 が、しばらくして世継は再びやって来た。
「先ほどは申し訳ない。やはり、死相が気になって眠れない。うとうとしたが、悪い夢を見て起きてしまった。どうか、占ってほしい」
「わかりました。どんな夢を見ましたか?」
 世継は夢の内容を話した。
 適当に聞いた後、是雄は忠告した。
「明日、あなたは家に帰ってはいけません」
「なぜだ?」
「あなたの家に暗殺者が潜んでいます」
「何だって?」
「実はあなたの奥さんは、真昼間っから生臭坊主とあられもないことをしてるんですよ」
「真昼間っから? あられもない? 何それ!?」
「ようするにあなたは、奥さんの不倫相手の間男から命を狙われているんですよ」
「何だと!」
「残念ですが、事実です」
「だとしたとしても、私には行き場がない。それでも家に帰りたいんだが、私はどうすればいいんだ?」
「暗殺者はあなたの房の鬼門に隠れています」
「鬼門――、丑寅の隅か?」
「はい。暗殺者はあなたの寝込みを弓矢で襲おうとしているのです」
「なるほど。それなら私は眠らずに、隠れているそいつに逆に弓矢を向けて脅してやればいいのだな?」
「その通りです。暗殺者は気弱なヤツですので、脅せば抵抗せずに出てくるでしょう」
「わかった。では明日帰宅したら、だまされたと思ってそうしてみよう。もし、博士の言うとおりであれば、お礼しなければなりませんね」
「いえいえ。お気遣いなさらずとも、ほんのひとすくいの砂金ぐらいで結構でございますよーん」
「……」

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