2.石山寺

歴史チップス>バックナンバー2023>令和五年11月号(通算265号)牛虎味 丑寅注意2.石山寺

猛牛vs猛虎
1.建部社
2.石山寺
3.瀬田駅
4.平安京

 石山寺(いしやまでら。大津市)真言宗東寺派の別格本山であるが、平安時代中期までは華厳宗の寺であった。
 本尊は如意輪観世音半跏像
(にょいりんかんぜおんはんかぞう)奈良時代には道鏡(「女帝味」「奈良味」参照)台頭のきっかけとなった保良宮(ほらのみや。大津市)の鎮護寺とされた。
 来年のNHK大河ドラマ『光る君へ
(大石静作)』の主人公・紫式部が、ダラダラ長編小説『源氏物語』の一部を執筆した寺としても知られているが、今回は清和天皇(「諾威味」参照)の時代の物語のため、彼女はまだこの世に生を受けていない。

 弓削是雄が参詣を終えて寺門を出ようとした時、見知った男とすれ違った。
(ゲッ!さっきの真昼間っから生臭坊主じゃねーか)
 是雄は思わず門に隠れて様子をうかがった。
 真昼間っから生臭坊主の隣には、若く見える女はいなかった。
 その代わりに若い法師を連れていた。
(あれ〜?)
 連れ立って歩いているさまは「恋人」同士に見えなくもなかった。
(こいつ、二刀流か?)
 是雄は次々と隠れる木を替えながら二人の後をつけた。
 そのうち、真昼間っから生臭坊主が若い法師を手招きして草むらに誘った。
(プッ! やっぱり二刀流じゃねーか)
 是雄はこっそりと二人の隠れた草むらをのぞいた。

 が、今度の二人はあられもないことはしていなかった。
 しゃがんでヒソヒソ話をしていただけであった。
「なあ、伴世継を殺
(や)ってくれよ」
「誰それ?」
「穀倉院の役人だ。明日、出張から家へ帰ってくるそうだ」
「でも〜」
「世継の嫁もダンナを殺してくれって頼んでいるんだ」
「殺人なんてそんな、僧にあるまじき行為ですよ〜」
「俺なんかすでに僧にあるまじき行為をたくさんしでかしているんだ。俺にできておまえにできないことはない」
「嫌です。僕、地獄に落ちたくないですから」
「地獄なんてあるわけねーじゃねーか。この世の中は悪いことはやったもん勝ちなんだぜ」
「そんな〜、善人が報われない世の中なんて嫌だ〜」
「いまさら何を寝ぼけたことを言っていやがるんだ。この世の中は善悪じゃない。仕事をした者が報われるんだ。俺の仕事を断ると、おまえはどうなるかわかっているだろうな?」
「え、どうなるの?」
「寺を追い出されるんだよ。だって、仕事をしないヤツなんて置いておけないじゃないか。寺を追い出されたおまえは路頭に迷って死ぬしかないね」
「嫌だぁ〜。死にたくねぇ〜」
「だったら仕事しろよ! 上司の言うとおりに働けよ! 俺は世継の嫁が好きなんだよ!この世から世継がいなくなってほしいんだよ! なあ、おまえならできる!殺人なんて、寝込みを襲えば赤子の手をひねるみたいに簡単じゃねーか」
「どうやって殺るんだよ〜?」
「事前に世継の房
(へや)の隅に弓矢を持って隠れておくんだ。で、世継が眠っちまったら、その胸に矢を向けてプチュッと射殺してしまえばいい」
「そんな〜、うまくいくかな〜?」
「うまくいくって! 世継の嫁も俺たちの味方なんだ! 彼女が世継の房の丑寅の隅に隠れ場所を用意しておいてくれるんだ! そうだな、もう今から京に行って彼女と打ち合わせして予行演習でもしておいてくれ」
「わかったよ。クビにされたくないからやるしかないよ」
「さすがに俺が見込んだだけの男だ。物分かりがいいな。がんばれよ! 成功を祈る! 信心深いおまえを仏さまが見守ってくれるだろう!」

 若い法師はその足で京へ向かった。
 是雄はあきれた。
「不倫のあげくにダンナ殺害計画かよ。ひでえ話だ」
   

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