3.バサラな花見

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3.バサラな花見

 貞治五年(1366)三月四日、将軍御所にて斯波高経主催の花見の宴が催された。
 が、時間になっても客がほとんど来なかった。
「どういうことだ?諸大名に招待状を出しまくったのに」
 大名だけではなかった。
 昼を過ぎても、家来も芸人も遊女も料理人なども誰も来なかった。
 足利義詮が退屈そうに、ぽつりと言った。
「そちは存外、人気がないんだね」
 高経はガガーンとなった。
 幕政のトップとして、これほどの屈辱はなかった。
 管領の父としての面目は丸つぶれであった。

(ヤツだ……)
 高経には思い当たる節があった。
 高経は佐々木高氏には偶然会ったため、招待状を直接手渡していた。
『三月四日に将軍御所にて拙者の主催で盛大な花見の宴を開く。貴殿も来られたし』
『そうですか。盛大な宴ですか。ええ、もちろん参加させていただきますよ。三月四日が楽しみですっ』
 高氏はニッタと笑った。
 その時は気にしなかったが、今から思えば何かをたくらんでいる笑みであった。
(ヤツはいったい何をしたのだ?)
 高経は家来の朝倉高景
(あさくらたかかげ)に向かって命じた。
「佐々木高氏めの館を調べてまいれっ!」
「ははーっ」


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現在の勝持寺(京都市西京区)周辺

 高経の直感は図星であった。
 その日、高氏は洛西大原野
(おおはらの。京都市西京区)に諸大名を招待し、京中の芸人や遊女や料理人らを根こそぎ呼び集め、高経の宴をしのぐ盛大な花見の宴を催していたのである。
「いまだかつて見たこと聞いたことのないほど豪勢な花見の宴を大原野にて開催いたします。みなさまこぞってお越しください」
 高経以上に招待状を出しまくり、招待状を出しても来そうにない斯波派の諸大名には、
将軍御所の花見は大原野に変更になりました」
 というようなウソを付き、牛車で宅まで迎えに行ってだまして連れてきたと思われる。

 人数だけではなく、宴の中身も高経のそれをしのぐものであった。
 朝方、小塩山のふもとで牛車から下ろされた招待客たちは、この日のために高氏が整備させた遊覧コースを散策した。
 道の両脇に金銀箔で飾らせた欄干
(らんかん)を巡らし、橋板には中国伝来の錦や綾(あや)で飾り立てたのである。
 招待客は喜んだ。
「朝の散歩は気分いいねー」
「山の景色が水墨画みたいで絶景だ」
「それにしても何という贅沢
(ぜいたく)な散策路だ」
「何かいい香りもするし」
 高氏は惜しげもなく高価な香木を炊きまくったのである。
 また、一休みしている客には、
「お飲み物をどうぞ」
 と、うまい泉の水を沸かしたお茶を勧めた。
「これはこれは」

 心地よくなってメイン会場である勝持寺(しょうじじ。花の寺)に着いた招待客たちは驚いた。
「何だこれは!」
 本堂の前に桜の木が四本あったが、これがただの桜ではなく、巨大な真鍮
(しんちゅう)の花瓶に巨木をまるごと生けた「デラックス生け花」だったのである。
「スゲー!こんなの見たことねえー!」
「これ、倒れないの?」
「ええ。花瓶が重いので安定しています。ではお客様、こちらでお食事をどうぞ。山海の珍味を網羅したお膳を用意いたしました」
「待ってました!」
「あちらの会場では闘茶会もございますので、ふるって御参加下さい」
「至れり尽くせりだな〜」

 お食事中はショータイムである。
 猿楽
が激しく踊り、白拍子(しらびょうし)が美しく舞った。
 中でも歓声が上がったのは、白拍子たちが着ていたものを脱いで、
「それーい!」
「ほらあー!」
 と、観客席に投げ始めた時であった。
「わ!そこまでするかー!」
「その小袖は拙者のところに投げてくれ!女房に着せたい!」
「わしは、ここでは言えない人に着せたい!」

 日が暮れても宴は続いた。
 月がなかったため、会場の周囲を無数の松明
(たいまつ)で照らした。
 夜桜もまた幽玄であった。
「では、そろそろ私はこのあたりで」
 赤松則祐が家来たちとともにおいとますることにした。
 高氏が姿を見つけて声をかけた。
「婿殿。堪能されましたかな?」
「ええ、もう一生の思い出になりました」
 則祐はササッと近づいてくると、小声で高氏の耳元で付け足した。
「斯波殿の宴の方に行かなくてよかったです」
 則祐は笑った。
 高氏も満足であった。したり顔をそむけるように家来に命じた。
「牛車にてお送りいたせ」

 花見の宴は花が散るまでの二十日間、連日続けられた。
 宴に参加した人々は人に会うたびにしゃべりまくった。
「大原野での花見の宴は本当におもしろかった」
「あれほど盛大な花見の宴は聞いたこともない」
「それにしても佐々木さまの趣向はすごい」
「桜の巨木のまるごと生け花など、尋常な方では思いつきもしまい」
「それを実際にやるんだからな」
「さすがはバサラなお方じゃ」

 そんなうわさを耳にするたびに、高経は不機嫌になった。
『そちは存外、人気がないんだね』
 あの閑散とした宴で発せられた義詮の言葉が、何度でもよみがえってくるからである。
(高氏め。子供じみたヤツだ)
 高経は心の中で思いっきりあざ笑ってやった。そんなくらいで気が晴れることではなかった。
(家来筋の分際で、よくもよくも名門足利のこの私に大恥をかかせてくれたなっ)
 高経の怒りの爆炎が天を衝
(つ)いた。
(この恨みは生涯忘れぬ!佐々木高氏!今に吠
(ほ)え面かかせてやるぜぇー!)

(「決着味」につづく)

[2012年11月末日執筆]
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