3.復讐するは我ニヤリ | ||||||||||||||
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文久二年(1862)十二月十二日夜、高杉晋作、久坂玄瑞ら十数名は、例の相模屋へ集合した。
九つ半時というので、正確には十三日の午前一時頃である。
「火付け役は福原乙之進、志道聞多、堀真五郎。残りの者は周囲を見張り、役人が近づいたら斬る」
で、作戦の最終確認を行った後、御殿山へ向かい、八つ時(午前二時頃)に英国公使館の敷地内に潜入した。
「誰もいないな。真っ暗じゃないか」
「ああ。英国人はまだ住んでいないが、建物はほとんど完成しているようだ」
「見張りの役人も見当たらない」
「火がつけば駆けつけてくるだろう」
「そろそろ見張りの役人の見張りの配置につこう」
高杉が、火をつけに本館の中に押し込んでいく福原らに声をかけた。
「我が退路を確保する。火がついたらすぐに逃げてこい。遅れるなよ」
「わかりました」
福原は砲術の専門家である。
この日のために彼は「爆弾」を作っておいた。
桐灰粉(きりばいこ)と火薬を混ぜ、それを紙で包んで導火線を付けたものである。
三人は「爆弾」をかかえて潜行し、月下にドドーンとそびえている英国公使館の本館を見上げた。
「立派な建物じゃないか」
「これを建てた日本の大工には申し訳ないが、攘夷のためだ」
「そろそろ『解体工事』に取り掛かりますか」
「ぷぷっ!」
三人は本館内に押し入って「爆弾」を仕掛けた。
そして、外に出て、一斉に導火線に火をつけた。
「発破っ!」
ジジジジジ。
ジジジジジジ。
ジジジジジジジ。
ぼーん!
ぼぼーん!
「爆弾」は爆発し、ぼわおっメラメラメラと炎を上げて燃え上がった。
「やったぞー!」
パチパチパチパチ!
が、志道が仕掛けた「爆弾」だけ不発だった。
「あれ、私のが燃えない……」
「仕方ない。逃げるぞっ」
「私のだけ燃えない……」
「もういいって!」
「湿ってたのかなあ?」
「これだけ燃えれば全部燃え移る。もう帰るぞっ!」
「いいや。おもしろくないから、私はもう一個持って火を付け直してくる」
「何を言っているんだ!もたもたしていると役人に捕まるぞっ!」
「もー、先に逃げるよっ!」
それでも志道は聞かず、もう一度館内にやり直しに行った。
ジジジジジジ。
ぼぼぼーん!
「よし、今度は大丈夫だ」
急いで館外へ出たが、すでに二人の姿はなかった。
「ひでえ!おいてけぼり〜!」
代わりに役人たちの声が聞こえた。
「今のは何の音だ?」
「や!英国公使館から炎が上がっているぞ!」
「早く水を持ってこい!」
「まずい!」
志道は役人の声のしないほうしないほうを必死で逃亡した。
退路を見失ってしまったため、あちこち逃げ回り、ようやく高輪の引手茶屋・武蔵屋にたどり着くことができた。
「危なかった〜」
一方、高杉らは、待っても待っても志道が帰ってこないので、引き上げることにした。
「残念ながら、志道は捕まってしまったようだ」
「いいヤツだったのに」
「チーン!なむあみだぶ、なむあみだぶう」
「さあ、みんなで高いところへ志道の弔いの火を観に行こう」
「賛成!」
高杉らは芝浦(しばうら。東京都港区)の海月楼に上って、英国公使館が焼けるのを眺めながら酒を飲んだ。
「絶景かな!絶景かな!」
「英国の野望、ついえたり!」
「オールコックめ、日本に戻ってきたら宿ナシだな」
「ワハハ!志道君よ、君の犠牲は無駄ではなかった!」
また、江戸庶民も、
「おお!英国公使館が燃えている!」
「全焼だぜえ〜!」
「誰か知らぬがよくやった!」
「尊攘派の誰かには違いない」
「日本万歳!夷人が日本に来て以来、これほどスカッとしたことはない!」
などと拍手喝采(はくしゅかっさい)を送ったという。
一方、英国公使館炎上の報告を受けた駐日英代理公使ニールは激怒、幕府に犯人逮捕を求めるとともに、大英帝国海軍提督クーパー(キューパー。Augustus Leopold Kuper)に次のような書簡を送っている。
「どうもこの国は一筋縄ではいかないようだ。日本列島全土を隙間なく取り囲む大艦隊の襲来を要請する」
[2010年6月末日執筆]
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