3.死刑再行 〜 長門よ、永遠に……。 | ||||||||||||||
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私は死んではいなかった。
さすがに相当なダメージを受けていたが、まだ沈んではいなかった。
火柱なんて上がっていなかった。
偵察機は酒匂の炎と重ね見て、私も燃えているものと勘違いしたのであろう。
メラメラと燃え上がる酒匂の炎は収まらなかった。
「ボクはもうダメです……」
「そんなことはない! 私たちは生き残ったんだ! 戦いはまだ始まったばかりだ!
次なる戦いに備えるんだっ!」
「いえ、ダメです……。今までいろいろお世話になりました……」
「弱音を吐くな! 私たちはアメリカに勝たねばならないんだ! 私たちを身体的にも精神的にも踏みにじったヤツラに、どうしても勝たなければならないんだっ!」
酒匂は涙ぐんだ。
「あなたなら勝てますよ。なぜならあなたは『日本の誇り』なんですから……。及ばずながらボクも、あの世でみんなと一緒に応援していますから……」
酒匂は死んだ。
丸一日燃え続けた果ての沈没であった。
「さかわー!」
私は日本から連れてこられた唯一の仲間を失ったのである。
私は泣いた。そして、雄たけびを上げた。
「私は負けない! お前のためにも必ず勝ってやる! 何が何でも勝ってみせるっ!」
煙霧が晴れて、アメリカのニンゲンたちは私の生存を知った。
「チッ、生きていたか。しぶといヤツめ」
「まあいい。だいぶオンボロになりやがった。フラフラじゃないか。一触即沈状態だ」
「次の実験は今回とはパワーが違う。今度こそ間違いなくヤツはジエンドだ」
一回目の実験で沈んだのは、酒匂・ジリアム・カーライルなど五隻である。
が、戦艦以上の大艦で沈んだものはなかった。
七月二十五日早朝、二回目の実験(テストB)が行われた。
今度は原爆を投下させるのではなく、フネの船底に時限原爆をぶら下げて爆発させるのである。
忌まわしき時限原爆をぶら下げられるフネは、揚陸艦「SLIM-60」。
そのすぐ隣に戦艦アーカンソー、空母サラトガ、そして私も配されたのである。
アーカンソーは嘆いた。
「ダメだ。近すぎる。今度こそおれたちは確実に死ぬ」
サラトガが慰めた。
「大丈夫。全然痛くないよっ。これだけ近いと一瞬であの世にいけるからね」
早朝、アメリカのニンゲンたちが私に乗り込んできて、何かをたくさん詰め込み始めた。
「何をしているんだ?」
私は不思議に思ったが、今度も爆心地から離れて配置されたペンシルベニアが教えてくれた。
「ユーが真っ先に沈むように、爆弾を詰め込んでいるんだよ。ハハハ! アメリカのニンゲンは念には念を入れるものだな」
最後にアメリカのニンゲンたちは揚陸艦「LSM-60」に時限原爆を仕掛けて逃げていった。
「LSM-60」はヤケクソに言った。
「へへっ! 爆発は二時間半後だってさ。もうじきおいら『鉄の霧ハガネの舞』だぜっ」
時間は刻々と過ぎていった。
アメリカのニンゲンたちは安全地帯から標的艦隊を監視していた。今度は前回よりもさらに遠巻きにしているので、ますます見えにくい。
「いよいよナガトともおさらばだな」
「そろそろヤツがあの世へ逝くカウントダウンを始めようか」
「あ、爆発したぞ!」
ずびゃびゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!
今回は海面上の爆発のため、海水を巻き込んでの超水蒸気爆発であった。
「ぎゃば……」
ぶばぁーん!
「LSM-60」は悲鳴を上げる間もなく、一瞬にして「鉄の霧ハガネの舞」となった。
ごごごごーん!
ずずずどどどぉぉーん!
「あれぇぇぇ!」
アーカンソーは巨大な水柱によって吹っ飛ばされ、空を舞い、墜落して沈んだ。
「うおぉぉぉぉ! 何の、これしきーーーっ!」
サラトガは暴爆風や残骸の猛つぶてや強烈な放射能に根性で踏ん張ったが、とうとう耐え切れずに沈んでしまった。
海面上での爆発のため、大キノコ雲は前回よりは舞い上がらなかった。上よりは横にもくもくと幅を広げ、じわじわと空を侵食していった。形もキノコ雲というよりはカリフラワー雲であった。
アメリカのニンゲンたちは喜びはしゃいだ。
「ブラボー!
今度こそナガトは死んだ!」
「アメリカを苦しめた連合艦隊は、今ここに完全に滅亡したのだっ!」
辺りは静かになった。
「ぎゃあぁあぁあぁーーー!」
ペンシルベニアは断末魔の叫び声を上げた後、しばらく気を失っていた。
爆心地から離れていた彼も中破し、プカプカ漂っていた。
「ううん……」
ペンシルベニアは気付いた。
「さすがに最終兵器というだけあって恐るべき破壊力だった……。ああ、でも、ミーは何とか生き延びたようだ……」
周りを見回すと、自分よりももっと状態がひどいフネばかりであった。
爆心地から離れているにもかかわらず、ニューヨークもペンサコラもプリンツオイゲンも大破し、土左衛門(どざえもん)のように漂っていた。
「ミーはよく助かったものだ……」
ペンシルベニアは思い出したように爆心地のほうを見やった。
「ああ、あいつらは……」
爆心地はまだ深い煙霧に覆われていたが、何の気配も感じられなかったし、何の影も見当たらなかった。
「やはりみんな死んだんだ……。跡形もなくこの世から消えてしまったんだ……。アーカンソーも、サラトガも、そして、ナガトも……」
ペンシルベニアは確認するように言った。
「そうだ。ナガトは死んだんだ! アリゾナたちよ! アメリカのニンゲンがカタキを討ってくれたぞ!
喜べみんな! そしてペンシルベニア、ミーも喜べ! 笑ってやるんだっ!」
ペンシルベニアは笑おうとした。
でも、笑えなかった。代わりに何やら得たいの知れない失望感というか、悲しみのようなものが込み上げてきた。
「バカヤロー! ニンゲンなんかに殺されやがって! どーせ死ぬならミーにやられて死ねばよかったんだっ!」
爆心地の煙霧は薄れてきた。
海面にはフネの残骸らしきものが漂っていたが、そこにフネの姿は見えなかった。
いや。
なにやら黒い影が見えてきた。
巨大な影が、海面上に現れ出でてきた。
「ま、まさか……」
ペンシルベニアは目をこすってみた。
目を見張ってみた。
目を凝らしてみた。
そして、仰天した。
「あああ……!!」
そこに、私は浮かんでいた。
五度傾いていたものの、当たり前のように私はそこにドドーンと存在していた。
ペンシルベニアは爆涙した。
「い、生きていたのか……。おおおおお前、よくあれをまともに食らって沈まなかったな……」
私は口を開いた。
「沈むわけないじゃないか……。たかが原爆にやられたぐらいで、この私が沈んでしまうわけがないじゃないか……。私は死なない! 死ぬはずがない! なぜなら私は、連合艦隊の旗艦なのだから……。『日本の誇り』なのだから……」
私は泣いた。爆涙した。そして、心の底から凱歌(がいか)を挙げた。
「私は勝った! 私は原爆に勝ったのだ! 日本のフネたちを、ニンゲンたちを、その他すべてのものたちを蹂躙(じゅうりん)したあのアメリカに、完全勝利したのだーーーっ!!!」
カリフラワー雲が消えると、アメリカのニンゲンたちは私の生存を知った。
「ナ、ナナナ……、ナナナ……、ナガトが浮かんでいる!?」
「ど、どういうことだ!?」
「我々は二度も原爆で攻撃したのだぞ!」
「穴も空けておいたし、爆弾もたくさん仕掛けておいたんだぞ!」
「ウソだ! 沈まないはずはない!」
「ヤツはモンスターか!?」
「閣下、テストCはいつ行いましょうか?」
「バカモノ! ナガトが沈まなければテストCなど無意味だ! そんなもん、中止だっ!
中止にしろーーー!!!」
* * *
五日後、私はビキニ環礁から忽然(こつぜん)と姿を消した。
私が沈む様子を目撃した者は、誰一人としていなかった。
[2005年7月末日執筆]
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