2.近づかないよ | ||||||||||||||
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僕は怖がりだった。
怨霊や鬼や妖怪が恐ろしかった。
怖い時は笙(しょう)を吹いて紛らわす。
ふわぁ〜、ふおぉ〜。
いつも怖いから、僕は絶えず笙を吹いていた。
祖父(藤原基経)相伝の秘曲「荒序」などを吹いた。
ふわぁぁ〜〜、ふおぉぉ〜〜。
「保忠殿は笙の名人だ」
いつの間にかそんなうわさが立ち始めた。
「うわさほどたいしたことないな」
そう言われるのが怖いから、ますます熱心に笙の腕を磨いた。
ふえぇぇぇ〜〜〜、ふいぃぃぃ〜〜〜。
うわさは延喜帝(えんぎのみかど。醍醐天皇)の耳にも入り、僕は名器「橘皮」を賜った。
僕は筝(そう。琴)も得意だった。
ぱんぱんぱららん、ぱららんらん。
筝は三十六歌仙に名を連ねる伊勢(いせ。「藤原北家系図」)に習った。
「こうやって弾くんですよ」
「はい」
ぱららん、ぱららん、ぱららんり〜ん。
笙同様、筝は恐怖を紛らわすことができた。
伊勢は感心した。
「上手ね〜。じゃあ、こっちの『楽器』はどう?」
ぽろろん、ぽろろん、ゆさゆさり〜ん。
実はこの女、寛平帝(かんぴょうのみかど。宇多天皇)ほか多くの男と肉体関係を持ったツワモノだった。
僕はたじろいだ。
「遠慮させていただきます〜」
僕は女も怖かった。
年頃になって妻をめとったが、怖くて子ができなかった。
「どうかした?」
「いや、別に」
妻は美しくて醜かった。
美しくて醜いということは、妖怪ってことなのだ。