3.生首紛失

歴史チップス>バックナンバー2023>令和五年8月号(通算262号)生首味 将門の首3.生首紛失

生首持ち去り事件
1.生首誕生
2.生首新鮮
3.生首紛失
4.生首伝説

 数日後、七条河原にさらされていた平将門の首が引っ込められた。
 これも腐ってきたため、片づけさせたのであろう。
 が、変なうわさが流れた。
「七条河原にさらされていた将門の首がなくなってしまったそうな」
「そういえば昨晩、比叡山
(ひえいざん。京都府・滋賀県境大津市)の上を飛ぶ火の玉を見たという人がいるぞ」
「うちの人も便所に起きた時に見たって言ってた」
「流れ星じゃないのかい?」
「流れ星より明るかったっていうぞ」
「それが将門の首だよ」
「え?」
将門の首が飛んでいったんだよ」
「ま、まさか……」
将門の首が比叡山を越えて東国へ帰っていったんだよ」
「ひえー! ありえねー!」
「そういえば昨日、七条河原で将門の首がしゃべっていたな」
「それがもうありえねー!」
「『早く石井
(いわい。将門の本拠。茨城県坂東市)へ帰りてー。貞盛のヤツ、ぜってー仕返ししてやるからなっ』って、ブツブツ言ってたそうな」
「死人はしゃべらないって!」
「でも、将門の首がなくなったってのは事実なんだろ?」
「ああ、事実だ」
「どこへ行っちゃったんだ?」
「さあ?」
「お国へ帰ったって考えるのが普通じゃないか?」
「ううん〜?」

 うわさは平貞盛にも届いた。
 郎党・館諸忠が報告した。
「京雀
(きょうすずめ)たちが『将門の首は飛んで故郷に帰った』と、うわさしています」
「飛ぶわけねーじゃねーか! バカバカしい。首は俺が片付けさせたのだ」
「しかし、京の人々は信じてしまってますよ」
「俺は将門を退治したのだ。まだヤツが生きているような奇妙なうわさは広めさせるな。やむを得ない。うわさを打ち消すために、さらし首を再開しろ」
「それが、首を紛失しました」
「何だと?」
「物置にしまっておいたはずですが、どこにもありません」
「ないわけないだろ! あんなもの、盗
(と)られるはずがないではないか!」
「わかりませんよ〜。将門の残党なら奪還を試みるかもしれません」
「ぬぬぬ……」
「大丈夫です。盗られたとしても、まだ遠くには行っていないはずです。追っ手を差し向けますか?」
「その必要はない」
「ですか」
「そもそもあの首は、将門の首ではない」
「あ、そうでしたね」
「うぷぷ! ニセの首奪還のために命を懸けるなんて滑稽
(こっけい)ではないか」
「ですよねー。ですが、あの首がないと、悪いうわさを打ち消せません」
「それなら今度はおぬしが生首になるか?」
「え!」
「おぬしの顔は将門に似てないことはない」
「全然似てませんてっ!」
「斬ってみれば、似るかもしれぬ」
「似ませんてっっ!!」
「まあいい。うわさなんてほっておけ。俺はそこまで極悪でちっちゃい人間ではないわ」
「……」 

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