1.やらせたろ | ||||||||||||||
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鴻池(こうのいけ)は青くなった。
火事で店が燃えてしまった。
必要なものは、
「一瞬でカネだとわかった」
大坂の豪商・鴻池家は、大名貸を行っていた。
当主・鴻池善右衛門(ぜんえもん)は大名たちに声をかけた。
「至急、貸している金を返してください」
相模小田原(おだわら。神奈川県小田原市)藩主・大久保忠真(おおくぼただざね。「大久保氏系図」参照)も迫られた。
「老中さまは率先して返済してください」
忠真は文政元年(1818)から老中を務めていた。
「うーん、うちの財政も火の車なんだが……」
忠真は藩政改革を行うことにした。
「誰か、改革に長(た)けた者はおらぬか?」
家老・服部十郎兵衛(はっとりじゅうろうべえ)が薦めた。
「うってつけの者がおりまする」
「おるのか!」
「ただし、武士ではございませぬ」
「誰だそれは?」
「栢山村(かやまむら。小田原市)の農民、金次郎」
「おお! あの男か」
忠真は金次郎を見知っていた。
模範的農民として表彰したことがあった。
「我が服部家の借金は、彼のお陰で完済できました」
「そうであったな。あの男ならば、藩の財政も立て直せるであろう」
しかし、豊田正作(とよだせいさく)という藩士が反対した。
「お待ち下さい。藩政は武士の仕事です。百姓の仕事ではありません」
「金次郎を武士に取り立ててやればいいではないか」
「百姓を武士にしたところで元百姓です。旧来の武士たちとうまくやっていけるとは思えません」
豊田だけではなかった。
服部以外、大半の家臣が金次郎登用に反対であった。
忠真は残念がった。
「惜しいのう。人材がおるのに使えぬとは」
豊田は提案した。
「そんなに金次郎とやらを買っておいでなら、御本家ではなく分家の財政再建を任せられてはいかがでしょうか?」
「分家だと?」
「はい。桜町(さくらまち。栃木県真岡市)領です」
小田原藩には下野桜町に飛び地があり、大久保家の分家で旗本の宇津(うつ)家が治めていた。
桜町領は表高四千石。物井・東沼・横田の三村があるが、文政年間までに領民は三分の一ほどに減り、実際の石高は八百石ほどに減っていたという。
「いかがでしょう? 分家も再興できない者に、御本家の再興はかなわないと存じますが」
忠真はうなずいた。
「豊田の申すとおりだ。金次郎にはまず桜町再興を任せる」
豊田はほくそ笑んだ。
桜町が悪の巣窟(そうくつ)だと知っていたからである。
(桜町には悪徳名主とグウタラ百姓とチンピラとゴロツキしかいない。あんなひどいとこ、再興できるわけねーだろ!)
実際、今まで何人もの役人が桜町再興を任せられたが、ことごとく失敗して帰ってきていた。
豊田は勝ち誇った。
(フッ! 武士にでもできなかったことを、百姓ごときにできるわけがない!何が金次郎だ!そんなヤツは足柄山(あしがらやま。神奈川・静岡県境)でマサカリ担いでクマにでもまたがっていやがれ!)