4.炸裂!桂太郎の「ニコポン主義」!! | ||||||||||||||
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二月十五日、藤沢元造はひそかに東京に帰ってきた。
ひそかのつもりが何者かに拉致られた。
「な、何だね! 君たちは? なんでワイがここにきたことを知っている!?」
「総督の手のものです。貴族院へ案内します」
「なんでや?」
「総督が会ってほしい方がいると――」
「会ってほしい方って、総理じゃないのか?」
「……」
「図星だな。まあいい。望むところだ。何度会っても勝つのはワイや!」
貴族院で桂はニコニコと腰を低くして待っていた。
「さ、さ、どーぞどーぞ、私の高級車へ」
「どこへ連れて行く?」
桂は藤沢の肩をポンポンたたいて笑った。
「やだなー、料亭に決まっているじゃないですかー」
「これがウワサの『ニコポン主義』か。こんなちゃちなもんでワイはだまされんぞーっ!」
「まあまあ、そんなカッカされずに。色男が台無しじゃないですかぁー」
藤沢は神楽坂(かぐらざか。東京都新宿区)の料亭に案内された。
豪勢な料理が次々運ばれ、酒がズラズラ並べられたが、芸者たちはすぐに引っ込んだ。
「大事な話があるから、ちょっとみんなあっち行っててくれ。後でまたねー」
「はーい、それではどうぞごゆっくりー」
「ワイが大事な話をするのは明日だ。そして明日、あんたの内閣はミジメに崩壊するのだーっ!」
「ほーかい、ほーかい。そんな物騒なことおっしゃらずに〜。まあまあ、もっとジャンジャン飲んで飲んでー」
「いくら飲んでも今夜はしゃべらんぞ! 決戦は明日だっ!」
二人とも酒が入って互いに声がでかくなる。
桂はまた藤沢の肩をポンポンたたいた。
「ほーら、もうこれで二人っきりになった。存分にしゃべってくれ」
「何もしゃべることはない」
「そうそう。そうやって明日もしゃべってくれなければいいんだよー」
「明日はしゃべるぞっ。ベラベラしゃべるぞっ!」
「そんなこと言わずに〜。そもそも皇室のことは、我々下々の者はあずかり知らぬことなんだ。話題にすべきことではない。そうだ!
話題にすることのほうが不敬と思わないか?」
「いいや。正統な皇統である南朝を偽朝と並立させることのほうが不敬だ!」
「分かった分かった。南朝は正統だ。そう教科書を改訂させよう。それなら文句はないんだろう? そうすれば、君が明日質問することはまったく意味のないことになるな」
「いいや、質問はする。ワイは神に誓ってきたのだ! 伊勢神宮で皇祖天照大神に約束してきたんやー!」
「神も正しいことは許してくださるって!」
「正しいこととは、質問することやー!」
「頼むよーん。欲しいものは何でもあげるから〜。望むことも何でもしてあげるから〜」
「ワイの望みはあんたの内閣をぶっつぶすことだけやー!」
「頼むよ〜。お願い〜」
桂は頭を下げた。藤沢の両手をつかんで左右に振った。
「子供か!」
藤沢は振り切った。ヨロヨロ立ち上がった。
「帰る!」
「私がこんなに頭を下げているのにぃ〜」
桂はその足にすがりついた。藤沢は暴れて振り切った。
「頭を下げろなんて頼んでいない! 明日、議場で会おう!」
桂は最後の手段を決断した。
「かくなる上は」
桂は藤沢に襲い掛かった。
藤沢は倒れた。
桂ともどもどうと倒れた。
桂は藤沢に覆いかぶさった。
そして、迫った。顔の毛穴がクレーターのように大きくなった。
藤沢は驚いた。
「な、何をするぅー! 来るなー! 顔が近いぃー!」
「私の熱意を伝えたいのだーーーーーっ!」
ぶっちゅゅゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんんん!!
「むぅうぅうぅうぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぇぇぅぇぅぇぅぇぅぇぅぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
その頃、藤沢の友人は藤沢を捜していた。
「おかしい。もう東京に帰ってきているはずなのに」
そこへ藤沢から連絡が入った。
「ドロドロ〜。迎えに来てくれぇ〜」
「どうしたんですか! どこにいるんですか!?」
「神楽坂の料亭だよーん」
友人は料亭に駆けつけた。
藤沢は芸者たちに囲まれて酔いつぶれていた。
「なんですか、このアリサマは! 大事な決戦を前にしてっ!」
藤沢は御機嫌だったが、投げやりに言い放った。
「やめややめや! 質問はやめやー! 議員もやめやー! いやー今日は総理にえらい御馳走になった!
おまけにお熱いチューまで! まいったまいった! ひゃはははっ! ほへへへへっ!」
翌十六日、藤沢は衆議院で質問を撤回、支離滅裂の議員辞職演説を行った。
二十七日、文部省は編修官・喜田貞吉を休職処分にし、三月には教科書改訂を指示、「南北朝」を「吉野の朝廷」と改めさせたのである。
これ以降第二次大戦終戦まで「南北朝時代」は「吉野朝時代」と呼ばれるようになった。
[2006年5月末日執筆]
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※ 桂が藤沢にキスした順序について、藤沢の質問撤回承諾後に感極まって奮発したとも伝えられている。