1.北条義時黒幕説の否定 | ||||||||||||||
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以上が事件の概要である。
この事件にはいくつか疑問点がある。
まず、
「なぜ北条義時は事件の前に退出したのか?」
というものである。
『吾妻鑑』には、その理由として「俄(にわか)に心神違例」、つまり、突然気分が悪くなったとしているが、どうもタイミングが良すぎる。
「義時は仮病で退出したのだ」
多くの人は疑うであろう。私もそう疑っている。
「義時黒幕説」支持者は、それを発展させて主張するであろう。
「義時は源実朝が殺されることを事前に知っていた。なぜなら、自分が彼の暗殺を命じたからだ」
いや。私はそこまでは断じない。
私も義時がなにやら不穏な空気を察知していたであろうことは否定しない。
が、それが実朝暗殺だとは、はっきり分かっていなかったと思う。
義時が事前に得た情報とは、
「儀式の最中に非常事態が起こるかもしれない」
という程度のあいまいなものであったと思う。
「単なる流言かもしれない」
情報が不確実なだけに、義時は実朝にはそのことを知らせなかった。重要な儀式を前に将軍を動揺させるわけにはいかなかった。起こるかどうか定かではないテロに屈して儀式を中止したとなれば、幕府の権威は失墜する。
義時は決断した。
「儀式は予定通り厳粛に執り行う」
でも、念のため自分だけは逃げたのである。
「何か起こったとしても、拙者さえ生きていれば対応できる」
そう思ったのであろう。言い換えれば、実朝のことなんてどうでもよかったのだ。義時は彼について、消したいまではいかないが、煙たくは思っていたであろう。
結果、義時は生き残った。
公暁は実朝を殺した後、源仲章を義時と勘違いして殺害している。
もし、義時が黒幕であれば、自分を殺させるようなことはするはずがない。
もし、義時が黒幕であれば、秘密を持つ公暁を八幡宮から外へ出させるはずもない。
もし、義時が黒幕であれば、自分を黒幕に疑わせるような事項を公然と記録に残しておくはずもない。
『吾妻鑑』の「義時退出」の記録は、義時が黒幕だということを言いたいわけではない。義時には、危機を予知する超越的な能力があったことを伝えたかったのである。
以上のことから、義時が黒幕ではないことは明白である。