230.隠蔽味 基礎用語集

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安倍晋三(あべしんぞう)
 (1954-) 政治家。首相(在職2006-2007,2012-2020)。1982父・安倍晋太郎の外相秘書官となり、1993衆院議員に当選、自民党幹事長や官長を経て2003自民党総裁として首相に就任するが、2007消えた年金問題が発覚して退陣、2012再び首相となりアベノミクスを掲げて経済対策に尽力、森友・加計学園などの疑惑を官僚支配・マスコミ支配で切り抜け、2020史上最長の首相になるが、コロナ禍で行き詰まり、病気を理由に退陣した。安倍味
病気味

江戸(えど)
 現在の東京都都心。江戸時代の政治の中心地(首都)。1457太田道灌(おおたどうかん)が江戸城を築いて栄え、1590徳川家康(とくがわいえやす)が入城により発展、江戸時代中期に人口百万人を超え、1868明治天皇が行幸して東京と改められ、日本の首都になった。

御三家(ごさんけ)
 徳川家康の子を祖とする親藩(しんぱん)中最高位の三家のこと。尾張(おわり)徳川家・紀伊(きい)徳川家・水戸(みと)徳川家。将軍直系が絶えたときに後継を出した。

生類憐(しょうるいあわれ)みの令
 徳川綱吉が発した動物愛護令。1685以降に発布。1687特に犬に限って極端化され、四谷(よつや)などに豪勢な野犬収容所が設置された。1709綱吉の死によって廃止。

征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)≦将軍
 もとは蝦夷(えぞ・えみし)を討伐するための軍事長官。後に武家政権の最高指導者の称号。奈良時代の征夷大使(せいいたいし)・征東(せいとう)大使・征夷将軍などの後身。最初の征夷大将軍は、794に任じられた大伴弟麻呂(おおとものおとまろ)らしいが、有名なのは坂上田村呂(さかのうえのたむらまろ。797任命)と文室綿麻呂(ふんやのわたまろ。811任命)と源義仲(みなもとのよしなか。1184任命)。1192源頼朝(みなもとのよりとも)就任以後は世襲となり、幕府を開いた。将軍味

徳川綱吉(とくがわつなよし)
 (1646-1709) 江戸幕府五代将軍(在職1680-1709)。家光(いえみつ)の子。1661上野館林(たてばやし)藩主となり、1680兄・家綱(いえつな)の死後に将軍職を継承、大老(たいろう)・堀田正俊(ほったまさとし)、側用人(そばようにん)・柳沢吉保(やなぎさわよしやす)らの補佐を受け、文治(ぶんち)政治を推進、1681母・桂昌院(けいしょういん)のため護国寺(ごこくじ)を建立、1690江戸忍岡(しのぶがおか)に湯島聖堂(ゆしませいどう)を設立し、林信篤(はやしのぶあつ)を大学頭(だいがくのかみ)に、渋川春海(しぶかわしゅんかい)を天文方(てんもんがた)に、北村季吟(きたむらきぎん)を歌学方(かがくがた)に任命、荻原重秀(おぎわらしげひで)を勘定吟味役(かんじようぎんみやく)に抜擢(ばってき)して元禄金銀(げんろくきんぎん)を改鋳させ、1685生類憐(しょうるいあわれ)みの令を発して動物をかわいがらせた。隠蔽味
仇討味

徳川光圀(とくがわみつくに)≦水戸黄門(みとこうもん)
 (1628-1700) 大名。常陸水戸(みと)藩主。徳川頼房(よりふさ)の子。。1657江戸に史局(彰考館)を設けて『大日本史(だいにほんし)』編集に着手し、1661父の死によって藩主に就任、幕府に殉死(じゅんし)の禁止を勧め、生類憐(しょうるいあわれ)みの令を批判、1690兄・頼重(よりしげ)の子・綱条(つなえだ)に家督を譲って隠居し、『水戸黄門漫遊記』のモデルになった。隠蔽味

日本(にほん・にっぽん・やまと)≧日本国(にっぽんこく・にほんこく)
 東アジアにある国。古くは倭(やまと)と呼ばれたが、天武天皇の頃(七世紀後半)に改め、八世紀からは国際的にも使用するようになった。1889大日本帝国憲法制定により「大日本帝国」になるが、1946日本国憲法公布により「日本国」となった。1869から事実上の首都は東京。

(のう)=能楽(のうがく)
 奈良時代に伝わった散楽(さんがく)や、平安時代に起こった猿楽(さるがく)、鎌倉・南北朝時代の発展した田楽(でんがく)などの流れをくむ芸能。室町時代に観阿弥清次(かんあみきよつぐ)・世阿弥元清(ぜあみもときよ)父子が庶民的な舞台芸能に改良した。 

水戸藩(みとはん)
 江戸時代に関東地方東端にあった藩。御三家の一。藩主は徳川(とくがわ)氏。石高は二十五万石(後に三十五万石)。1602佐竹氏転封後、徳川家康の五男・信吉が、次いで十男・頼将(頼宣)が入封、1609十一男・頼房が入封してからは幕末まで十一代続いた。二代藩主・光圀(みつくに)が『大日本史』を編修して尊王論が起こり、九代藩主・斉昭(なりあき)は幕末の尊王攘夷運動の旗頭になった。

柳沢吉保(やなぎさわよしやす)←柳沢保明(やすあきら)←柳沢房安(ふさやす)
 (1658-1714) 幕閣。大老格。安忠(やすただ)の子。上野館林藩主・徳川綱吉(とくがわつなよし)の小姓になり、綱吉の将軍就任によって幕臣となり、688側用人に就任、老中格を経て大老格になり、1701松平姓を拝領、1704甲府十五万石を与えられ、荻生徂徠(おぎゅうそらい)・細井広沢(ほそいこうたく)らを登用、文治政治を推進したが、1709綱吉没後は隠居した。
消費味 隠蔽味

老中(ろうじゅう)
 江戸幕府の執政官。幕政を統括。定員は四、五名で月番制。二万五千石以上の譜代大名から選抜された。最初の老中(当初は年寄と呼ばれた)は大久保忠隣(おおくぼただちか)と本多正信(ほんだまさのぶ)とされている(酒井忠世らとも)。

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