2.借 王 | ||||||||||||||
歴史チップス>バックナンバー2023>令和六年4月号(通算270号)窃盗味 鼠小僧次郎吉2.借 王
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鼠小僧次郎吉は寛政九年(1797)に江戸中村座の木戸番・定七(さだしち。定次郎・定吉)の子として元吉原(もとよしわら。東京都中央区)で生まれたという(愛知県蒲郡市や埼玉県秩父市生誕説もある)。
兄弟は、姉一人と妹一人。
姉は本郷(ほんごう。東京都文京区)にあった加賀金沢藩前田家上屋敷に女中奉公に出されて妹を養った。
次郎吉は十歳頃に建具職人へ小僧にやられた。
職人になるため腕を磨いたが、不器用だったため、上達しなかった。
親方はあきれた。
「おまえは作るより壊すほうがうまいな」
「ケッ! ずいぶんな言いようだぜ」
「だってそうじゃないか。おまえが修理すると、持ち込む前よりひどくなるじゃないか。ダメだダメだ。おまえは職人にはなれない。作るより壊す仕事をしたほうがいいよ」
「そんな仕事があるかよ!」
次郎吉は十六歳で親元に帰り、勝手に独立して建具職人を始めた。
案の定、仕事はなく、転職を考えた。
「そうだ! とび職なら壊す仕事もあるぞ」
次郎吉は小柄でやせており、運動神経もよかったので、うってつけであった。
ぴょーん! ぴょーん! きーん!
「うっほほほーい!」
屋根や柱の上を跳び回るとびの仕事はおもしろかった。
ぴょぴょーん! ぴょぴょーん! ききーん!
「転職したら天職じゃないか?」
かわいい娘が行水しているのも見えた。
「お!」
じゃば!
「だれ?」
「ちゅう!」
「ねずみ?」
「じゃねーよ」
ぴょぴょぴょーん!
「なんなのー!?」
むささび! きーん!
ぴゅぴゅぴゅーん!
娘に飛び乗って喜んでいたところ、妻になって子もできた。
息子の仕事が順調になってくると、定七は木戸番を辞めてしまった。
「息子は職に就いて結婚もして落ち着いた。もう大丈夫だ。これからは父さん母さんの扶養も頼むぞ」
次郎吉は怒った。
「とび職だけで四人も養えるかよ! オヤジも働けよ!」
「やーだね。わしはもう年寄りだから隠居するんじゃ」
話にならなかった。
次郎吉は生活費を補うためバクチを始めた。
いわゆる違法賭博(とばく)である。
もうかるはずがなく、かえって金欠になった。
それでも、違法賭博の胴元は優しかった。
「大丈夫だ坊や。銭なら貸してやるぞ」
「悪いね。すぐ返すよ」
「そう早く返さなくてもいいよ。坊やの嫁さん、べっぴんだから」
「どういう意味だ?」
「近所には坊やのきれいな姉ちゃんも住んでいることだし」
「!」
「そうそう。坊やのきれいな姉ちゃんは、かわいい妹も養っているんだって?」
「!!」
「大丈夫大丈夫。いくらでも貸してやるよ」
「すぐ返すって言ってるだろ! 嫁や姉ちゃんはともかく、妹まで欲しがるんじゃねぇ―!!」
次郎吉はバクチで負け続けた。
借金は雪だるま式にどんどん膨らんでいった。