5.嘘八百 | ||||||||||||||
歴史チップス>バックナンバー2024>令和六年4月号(通算270号)窃盗味 鼠小僧次郎吉5.嘘八百
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急に羽振りがよくなった次郎吉を見て、両親や妻がいぶかしがった。
「どうしてこんなに湯水のようにカネが使えるようになったんだい? 打ち出の小づちでもあるのか?」
「ねー」
「まさか、何か悪いことをしてるんじゃないだろうね?」
次郎吉はウソをついた。
「俺は仕事ができるから給料が上がったんだよ」
「ホントに〜?」
「それだけじゃない。バクチの極意を発見したから、負けないようになったんだよ」
「どんな極意?」
「フッ! 他人に教えると俺がもうからなくなるんで教えない」
「他人じゃないだろ〜? 家族だろ〜? わしにも教えろよ〜」
「あ、もうそろそろ仕事に行かなくっちゃ」
「もうそろそろって、夜じゃないか」
「夜勤のほうが給料高いんだよ」
次郎吉は「職場」へ出かけた。
その晩の仕事場は、常陸土浦藩九万五千石の大名屋敷(土屋彦直邸)。
が、忍び込んだとたん、
じょんじょんじょん。
「あ! 誰だおまえ!?」
たまたま勝手口のそばで立ちションしていた門番に見つかって捕まってしまった。
それでも次郎吉はまだ何も盗んでいなかったため、何とかごまかそうとした。
「泥棒じゃありません! 道に迷っただけです〜」
「道に迷って塀を乗り越えるか?」
「酔っ払っているんで、自分の行動が意味わからないんです〜」
「どう見てもシラフに見えるが」
結局、言い訳は通用せず、次郎吉は南町奉行所に突き出された。
当時の南町奉行は筒井政憲(つついまさのり。和泉守・伊賀守・紀伊守)。
「泥棒ではないと申すのだな?」
「はい。道に迷って入り込んじゃっただけです」
「前科は?」
「ありません。初犯です」
「ふうむ。近頃、何軒も大名屋敷が荒らされておるが、おぬしが犯人ではないのだな?」
「もちろん犯人じゃありません!考えてもみてください!屋敷に忍び込んだとたん捕まるようなとろいヤツが、連続ドロのはずがないじゃないですか〜」
「もっともだ」
筒井は次郎吉のウソにだまされた。
この時は入牢して入れ墨を彫られ、追放処分にされただけですんだ。
しかし、前科者になった次郎吉の両親と妻子は冷たくなった。
「やっぱり悪いことをしていたのか」
「あんたって子は!」
「もうそんな人とは暮らせません!」
両親は次郎吉を勘当し、妻子は実家に戻っていったという。