4.生かすために代用す | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2007>4.生かすために代用す
|
天覧相撲の後、垂仁天皇は野見宿祢を側近とし、褒美を与えた。
当麻蹶速が所有していた土地と建物を与えたのである。
野見宿祢の妻子は喜んだ。
「わーい豪邸だー」
「いきなり大金持ちだー」
「これからはもう、何不自由なく暮らしていけるんだねー」
でも、そこは蹴速一家が住んでいた家であった。
いや、今でも住み続けている家であった。
すぐに野見宿祢一家はそのことに気がついた。
「あれ? 今、誰か庭を通らなかった?」
「私も見た」
「ハハハ! 寝ぼけているのか? みんなここにいるじゃないか? いったい私たちのほかに誰が通るっていうんだ?」
野見宿祢は笑い飛ばしたが、ぞわわっと悪寒が走って一家そろって沈黙してしまった。
夜になると野見宿祢一家の恐怖はますます増した。
どこからともなく、人がすすり泣くような声や鳥が狂喜するような奇声が聞こえてきたのである。
「なんか聞こえる〜」
「やめてー! 眠れないー!」
「あなた、見てきてよ」
「どうして私が」
「意気地なし! それでも最強の男?」
「私が戦える相手は生者だけだ」
恐怖の奇声は何日も続いた。
あまりに続くので、野見宿祢は長尾市に相談した。
「毎晩毎晩、悲しげな変な声が聞こえるんだが――」
「ああ、それならわしにも聞こえるよ」
平然としている長尾市に、野見宿祢は驚いた。
「平気なのか!? やはり蹶速のたたりでは……」
長尾市は笑った。
「バカめ! あれは先日亡くなられた倭彦命(やまとひこのみこと。崇神天皇の子。垂仁天皇の実弟)の陵墓に生き埋めにされた殉死者たちが上げている声だ。まだしぶとく生きているヤツが死に際に恨みの声を発しているのだ。死人が声を上げているわけではない」
長尾市は野見宿祢を音源である倭彦命の陵墓(奈良県橿原市)に案内した。
陵墓の周囲には殉死者たちが首だけ出して生き埋めにされていた。
「痛いよ〜」
「腹減ったよー」
「水をくれぇ〜」
「まだ死にたくねぇ〜」
息のある殉死者は悲しげに泣き叫んでいたが、すでに大半が死に絶え、さまざまな鳥獣たちの餌食になっていた。
「ギャーギャー!(ちょっと!私が食べてるバラ肉、盗らないでよー)」
「ゴロゴロニャーン(うーん。ハラミの部分がオツですな)」
「ク〜ン。ガツガツ、ペロペロ(コイツ、脳ミソ、少なすぎ〜)」
ツン! ツン! ぐりっぐりっ!
ごっくん!
「カオーン(目玉、うまっ!)」
鳥獣はまだ生きている殉死者も食おうとしていた。
ガブリ!
「痛いって!かじるな〜! ボク、まだ生きてるよぉ〜!」
「バウ!バウ!(一口ぐらい食わせてくれたっていいじゃないか。どうせ死ぬんだし〜)」
「嫌だー!そっちに死んでる人がいるじゃないかー!」
「カー!カー!(いや!私は新鮮なお肉が食べたいのっ!)」
「ケーン! ケーン!(生人タンはやめとけ。かまれるぞ〜)」
あぷ!
「やめてー!ぐぁー!」
むしゃむしゃ!
「ワオーン(踊り食い、サイコー!)」
野見宿祢は目を覆った。
「なんてむごい……。むごすぎる……」
長尾市が言った。
「殉死のときはいつもこうだ。これで分かったであろう。蹶速のたたりでもなんでもない。こいつらが死に絶えれば夜の奇声は終わる。それまでの我慢だ」
野見宿祢は垂仁天皇に進言した。
「殉死をやめさせてください。あんなむごいことはとても見ていられません」
「むごいことは分かっているが、死者を丁重に埋葬するための昔からの風習なのだ。それとも何か代わりの方法があるとでも申すのか?」
野見宿祢は答えられなかった。
何年かして、今度は大后(皇后)・日葉酢媛命(ひばすひめのみこと。「天皇家系図」参照)が死んだ。
垂仁天皇は群臣たちに聞いた。
「殉死がむごいことは分かっている。先例とはいえ、できればやりたくない。誰かいい方法があれば申してみよ」
野見宿祢は今回は進言した。あらかじめ用意してきた。
「私に考えがあります」
「ほう。どんな?」
「人の代わりに代用品を埋めるのです」
野見宿祢は人馬その他いろいろなものを土でかたどった焼き物を献上した。
「なるほど。これなら嫌な泣き声も聞かずにすむし、死体が散らかることもない」
垂仁天皇は喜び、以後は殉死を行わず、焼き物の代用品である「埴輪」を埋めることにした。
これがいわゆる「埴輪創始説話」である。
これ以後、野見宿祢は朝廷の喪葬を担当し、土師(はじ)氏の祖となった。
菅原道真(「 受験味」参照)や菅原孝標女、前田利家らは野見宿祢の子孫とされている(「菅原氏系図」参照)。
[2007年8月末日執筆]
参考文献はコチラ
※ この物語は『日本書紀』の記述に、天神族の地祗族に対する一貫した政策を加え、筆者なりにアレンジしたものです。
※ 『日本書紀』には当麻蹶速が踏み殺されたことは記されていますが、八百長や謀略は筆者のアレンジです。