ホーム>バックナンバー2023>令和五年7月号(通算261号)裏切味 守山崩れ2.坊っちゃん
天文四年(1535)、松平清康は尾張守山城(もりやまじょう。名古屋市守山区)を攻めることにした。
守山城は織田弾正忠信秀の弟・織田孫三郎信光(まごさぶろうのぶみつ)が守っていたからである(「織田氏系図」参照)。
が、兵が集まらなかったため、やはり桜井の叔父・松平信定を頼った。
「叔父さん」
「何だ、坊っちゃん」
「坊っちゃんはやめてくれ」
「じゃあ、お子様」
「お子様じゃないって」
「赤ちゃん」
「赤ちゃんじゃねー!」
「ばぶばぶ〜、おかあさ〜ん」
「ふざけんじゃねぇー!!」
「で、何か用があったのでは?」
「あ、そうだった」
清康は正気に戻った。
「――兵が集まらないので、兵を貸してほしい。できれば叔父さんも出陣してほしい」
「守山城の孫三郎信光を攻めるそうだな?」
「はい」
「できぬ相談だな」
「どうして?」
「わしの娘は孫三郎に嫁いでいる」
「あ!」
「孫三郎はわしの婿(むこ)じゃ」
「う……」
「それだけではない。我が子・清定(きよさだ)の妻は、弾正忠信秀の妹だ」
「……」
「二重の親類の城は攻められない」
「ってことは、叔父さんは織田に裏切るつもりなのか?」
「そんなつもりはない。ただ、悪いことは言わぬ。織田と戦うのはやめたほうがいい」
「どうして?」
「坊っちゃんでは織田信秀には絶対に勝てない」
「ううう‥…。何を根拠にそう決めつける?」
「信秀は銭を持っている。それもスゲー持っている。大金持ちとは戦わないほうがいい」
「……」
「それに、もっと大切なことがある」
「何だって?」
「坊っちゃんには人望がない」
「……」
「坊っちゃんのことを暗愚で残忍とうわさする者もいる」
「……」
「そのため、わしの父(松平長親)も初めはわしを松平の当主にすえるつもりでいた」
「……」
「しかし、わしの意思で岡崎城(おかざきじょう。愛知県岡崎市)とともに当主の座を坊っちゃんにくれてやった」
「……」
「坊っちゃんはまだ幼かった。今でもまだ若い。将来、大大名になれる資質は十分にある」
「……」
「しかし今は無理だ。三河はまだ統一したばかりだ。また戦争となれば、せっかく一つになれた家臣団が分断してしまうであろう」
「……」
「城攻めには十分すぎる準備が必要だ。坊っちゃんのように、ただただ闇雲に攻めればいいってものじゃない。無理な城攻めをするだけではなく、自分の失敗を他人のせいにしたこともあった。宇利城(うりじょう。愛知県新城市)攻めの時のように」
「ちょっと待て! それは違うぞ! 宇利城攻めで福釜の叔父さん(松平親盛。信忠の弟。信定の兄)が死んだのは、桜井の叔父さんが後に続かなかったからじゃないか!」
「いいえ、わしは猛反対したが、坊っちゃんが無理な突撃を命じたために福釜の兄は死んだのだ。わしではなくて、あなたのせいなのですよ」
「うぐっ……」
「おやめなさい。守山城攻めなんて無理だ。坊っちゃんに尾張侵攻なんて十年も二十年も早い」
「バカにするんじゃねぇー!」
清康はキレた。猛烈にまくし立てた。
「もういい! もう叔父さんになんかに頼まない! ふんっ! 叔父さんなんかに頼らなくたって、味方はわんさかいるんだ!
敵の敵は味方なんだ! 敵の敵を結集して、織田信秀なんか、瞬く間にぶっつぶしてやるわぁー!!」