4.明 暗 | ||||||||||||||
ホーム>バックナンバー2023>令和五年7月号(通算261号)裏切味 守山崩れ4.明暗
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天文四年(1535)十二月、松平清康は織田信光が守る守山城を攻撃した。
「この城を落とせば、私は誰にもバカにされなくなる! 尾張を併合して二か国の太守になれば、誰からも人形と思われなくなる! 私には明るい未来が待っているんだー!」
清康は馬にまたがると、木曽川のほうを見やって聞いた。
「どうだ? 美濃三人衆は国境を脅かしているか?」
「一向に」
重臣・阿部定吉が答えた。
「そんなはずはない。美濃三人衆は織田軍の背後をつくはずだ」
清康は馬上でいらだった。
「裏切られたんじゃないですか〜」
清康はカチンときた。定吉に言い放った。
「貴様まで私の人望のなさをバカにするのか!」
「誰もそんなことは申しておりません〜」
「あれ? 貴様、目が泳いでいるな?」
「泳いでませんて」
清康はメラメラしてきた。
「わかったぞ! そうだ! その目だ! それが裏切り者の目だ!」
「はい〜?」
「貴様、織田と通じているのであろう!」
「通じてませんてっ」
清康は家来の植村氏明に命じた。
「コヤツを斬れ」
「はい?」
「裏切り者、阿部大蔵定吉を斬れっ!」
「ええっ!」
近くにいた定吉の子・阿部正豊(弥七郎)がすかさず割り入って弁解した。
「父は裏切り者ではありません! 戦の最中には、そのような家中分断をたくらむたぐいのうわさが飛び交うものでございます!
おそらくこれははかりごとと思われます! 敵の謀略に引っかかってはなりません!」
しかし、清康は疑心暗鬼になっていた。
「ほう。かばうところをみると、おぬしにも逆心があるのではないか? おぬしらは父子そろって裏切り者ではないのか?」
「違いまする!」
「植村! コヤツら父子を斬れっ! 裏切り者を斬り捨てよっ! 斬れっ! 斬れーっ!」
ぶん! ぶぶん!
清康は馬上で刀を振り回して命令した。
ぷっちょ!
ちょっと切っ先が馬に刺さってしまった。
「ひーん!」
驚いた馬は棒立ちになった。
どさっ!
清康を振り落としてしまった。
「イタタ!」
「大丈夫ですか?」
正豊が駆け寄った。
「さわるな裏切り者! 私を落馬させて殺そうとしたなっ!」
「してませんて!若さまはおかしいですよ! 正気に戻ってくださいって!」
「植村が斬れないなら、私自ら成敗してくれるわ!」
清康は落とした太刀をつかみ直した。
「危ないですって!」
正豊は清康の手をつかんだ。
「死ねー!!」
ぐぐぐ!
清康が力いっぱい太刀を押し付けてきた。
「危ないって言ってるだろ!!」
ぐぐぐぐ!
正豊も負けずに押し返した。
ていうか、正豊の力のほうが勝っていた。
きらん!
勢い余って清康の首筋を傷つけてしまった。
「れ?」
傷は致命的に深手であった。
ぴゅーーー!!
すごい血しぶきに清康は驚いた。
「ぴゅーだって! うわっ! すげーピューピュー言ってる! やべーて、これ!マジで!」
「!」
「うわあー! ぎええー!! うう〜ん……。なんだか眠くなってきた……。暗くなってきた……。おかあさ〜ん……」
清康はぐったりして息絶えた。
時に天文四年(1535)十二月五日未明。享年二十五。
「なんてこった!」
正豊は血に染まった両手を見て仰天した。
返り血を浴びた真っ赤な顔で訴えた。
「え? え? なんなのこれ! これって事故だよね!? 俺って何も悪くないよねっ!?」
ばっさ!
「ぎゃーん!」
植村が、バタついていた正豊を一刀両断した。
「若さまの遺命である!」
ずちゃ!
倒れた息子の遺体を見て、定吉も覚悟した。
「それがしも斬るのか?」
植村は首を横に振った。
「いいえ。あなたさまにはまだやるべきことがございます。それは、生きて若さまの御子息(松平広忠。千松丸・仙千代)をお守りすることです。あなたさまが生きなければ、仙千代さまは守れません」
「ううう……」
「悪いのは若さまです。しかし、事故とはいえ、若さまを殺したのですから、あなたさまの御子息は成敗するしかありませんでした。どうか、お許しください」
「息子は失態を犯した。やむをえぬことじゃ」
「問題はこの事態をどう家中に知らせるかです」
「若さまは正豊に勘違いで殺されたことにするしかあるまい」
「ははっ!」
「そしてもう一つは、この無益な戦を止めて岡崎に帰ることじゃ」
松平軍はすぐさま守山城から撤兵した。
この事件がいわゆる「守山(森山)崩れ」である。