3.術比べ | ||||||||||||||
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平安京の晴明邸は、土御門(つちみかど)大路の北、西洞院(にしのとういん)大路の東にあった。
いわゆる土御門邸、現在の晴明神社(京都市上京区)である。
ある晩、人相の悪い法師が土御門邸にやって来た。
「ふっ、ここが晴明の家か」
灯りに照らされる紋章は、陰陽五行相克を表す「五芒星(ごぼうせい)」、間違いなかった。
「ヒッヒッヒ、弱い善人のふりをして会ってみるか」
翌日、土御門邸に年老いた法師が十歳ほどの二人の子供を連れてやって来た。
晴明は尋ねた。
「誰? どこから来たんですか?」
法師はニコニコと笑みをたたえ、いかにも弱そうな小声で言った。
「ええ、播磨のほうからやって来た法師ですが、あなた様が陰陽道の第一人者と聞きまして、ぜひぜひ陰陽の術を習いたいと存じまして、このように老体にムチを打ち打ちわざわざ遠方からやって来たしだいでございます〜」
「ふーん、そうですか」
晴明、すでに法師のただならぬ妖気に気づいていた。
しかも連れている二人の子供が子供のくせに生気がまったく感じられない。
(こやつら人間ではないな。式神であろう)
晴明はそう思ったが、そ知らぬ顔をして言った。
「そうですか。それはそれはわざわざ遠方からお疲れ様でした。でも、あいにく本日は込み合っておりまして、明日以降改めておいでください。そうすれば色々とあなた好みの秘術を教えることができると思いますが」
法師は喜んだ。
「ありがとうございます。では明日、改めて」
法師は二人の子供を連れて立ち去ろうとした。
晴明は気づかれないように袖(そで)の中で印を結ぶと、ムニャムニャと呪文を唱えた。
(その子供たち、式神ならば消えてしまえ!)
すると、子供たちは本当に消えてしまった。
(やはりか……)
が、法師は気づかずに帰っていった。
しばらくして、二人の子供がいないことに気づいた法師が戻ってきた。
そして、必死の形相で塀の後ろや車の下などをあちこち探し始めた。
「あれ? あれ? いない! いない! ここにもいないっ!」
晴明は吹き出したが、笑いを振り払って尋ねた。
「どうかしました?」
法師はおろおろして言った。
「あ、あなた様ですか? 子供を隠したのは?」
「コドモ?」
「とぼけないでください! さっき、私が連れてきた子供ですよっ!」
「ははは! どっかで遊んでいるんじゃないですか〜。子供なんてそんなものですよ。どんな遊びでもすぐに興味がなくなって戻ってきますって」
「違うって! 式神ってもんは術が解けたら術をかけた本人のところにすべての呪いが戻ってきてしまうんですよ!
その前に始末しておかないとマズイんですよ! 知ってるでしょ、あなたは! 早く返してください!
お願いですから返してくださいぃ〜」
法師は泣きべそになってひざまづいて懇願した。
晴明は許してあげた。
「あなたが変なことをするから、少しからかったんですよ。他人ならともかく、私の目はだまされませんよ」
晴明は再び袖の中で印を組むと、ムニャムニャと呪文を唱えた。
と、二人の少年はボンボンと法師の前に姿を現した。
法師はホッとした。
改めて晴明の術のすごさに感心した。
「あなた様のすごさはよくわかりました。そうです。式神を連れてきたのは、あなた様を試すためです。式神を使うことは並の陰陽師でもできますが、それを隠してしまうなんてスゴ技は聞いたことがありません。どうか私を弟子にしてください!」
法師は氏名や住所などを書いた名札を晴明に渡した。
この法師が晴明の弟子で、後にはライバルとなる蘆屋道満(あしやどうまん。道摩)なのであろう。