4.祟殺! 藤原小黒麻呂!!〜 万葉集の秘密

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抹殺された早良親王の功績
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2.消殺! 藤原刷雄!! 〜 最強運の陰陽師
3.悩殺! 安殿親王!! 〜 息子を惑わす妖女
4.祟殺! 藤原小黒麻呂!! 〜 万葉集の秘密
5.嬲殺! 桓武天皇!! 〜 早良親王の功績

 延暦十三年(794)七月のある晩、遷都をひかえてホクホクしている男がいた。
 大納言・藤原小黒麻呂である。
「ヒッヒッヒ。まさか生涯に二度までも遷都の恩恵にあずかれるとは思っていなかったよ」
 小黒麻呂は莫大な遷都マネーで邸内に満ち満ちた金品を眺めて目を細めた。
「種継は私のために肥やしになってくれたようなものだ。ヤツには悪いがこれからは私の時代だ。私の天下がやって来るのだ!」
(そんなものは来ませんよ)
「去年、息子の葛野麻呂
(かどのまろ)も右少弁(うしょうべん。副大臣級)に任ぜられた。参議までもうすぐだ! これからは我が藤原北家の天下だ! これからはこの小黒麻呂の子孫が最高の栄華を極めてゆくのだっ!」
(いいえ、あなたの子孫は栄えません。同じ北家でも、栄えるのは内麻呂
(うちまろ)の子孫ですよ)
「内麻呂だと! ヤツはいまだに参議にもなっていないではないか! 何を根拠にそんなことを言うのだ!」
 言い返した小黒麻呂、あることに気がついた。 
「あれ? 私は誰と話しているんだろう? 独り言で自分で怒っているのかな?」
 独り言ではなかった。
 いつのまにか、その影は目の前にいた。
 ヤツだった。
 種継暗殺事件にかこつけておとしめた、あの廃太子であった。
 小黒麻呂は戦慄
(せんりつ)した。
「さ、さわら……!!」
(どうも〜)
 影はにこやかだった。
 口からタラララ血を滴らせているほかは。
「う、うわっ! あんた、まだ成仏していないのかっ!」
(そんなもんできるわけないじゃないですか。あなたのほうが早く成仏できますよ〜)
「するもんか! 寄るな! あっち行けっ!」
 小黒麻呂は逃げた。
 でも、早良親王はすぐに回りこんでゆく手を阻んだ。なにせ体がないので身軽である。
 小黒麻呂はおろおろした。座り込んで泣きそうになった。
「ううう、どうするつもりだっ!」
(そんなおびえなくても、すぐには殺しませんよ)
「いたぶってから殺すのかっ!」
(ふん。勝手じゃないですか。それより、あなたの父親は誰ですか?)
「きっ、決まっているじゃないか! 私の父は藤原房前
(ふささき)の長男・鳥養(とりかい)だ! 藤原北家の直系だぞ!」
(違いますね)
「何が違う!」
(あなたは本当は藤原北家の者ではありません。早世した鳥養
(とりかい)の名跡を奪っただけですよ)
「何だと……」
(あなたの本当の姓は賀茂
(かも)氏。本名は賀茂小黒麻呂なんですよ。しかし、賀茂氏では出世の見込みがないから、名門藤原北家の名跡を乗っ取った。違いますか?)
「……!」
(あなただけではありません。種継もそうです。実は種継の本当の姓は秦氏。秦種継なんですよ。しかし、彼も同様の理由で式家清成
(きよなり)の名跡を乗っ取った)
「……!」
(ふふふ。賀茂氏と秦氏は共に山背の有力豪族。だからあなたは種継と組んで長岡京遷都を強行した。自分たちの金儲
(もう)けと、自分たちの前歴を良く知っている人々から逃れるために……)
「……」
(『続日本紀』の編集も、種継とあなたが帝に勧めたことでしょう。「奈良時代の歴史を編集してはどうですか?」それでついでに、自分たちの前歴も消してしまおうと企んだ。継縄や真道らにカネを積んで)
「……」
(でも、あなたたちの企みを阻止しようとした人がいた。分かりますね? 旧勢力の首領・大伴家持です。そこで家持は帝に持ちかけたのです。「陛下。正史だけではなく、和歌集も編集してはどうですか?」と。帝は承諾しました。それで私と家持に『万葉集』の編集を命じたのです)
「……」。
(当初『万葉集』はその名のごとく、一万首の歌を収録していました。そして、日本最初の勅撰和歌集になるはずでした。私はその編集総裁として、後世まで名を残したはずでした。しかし、種継やあなたの検閲によって多数の歌が削除され、勅撰の話もお流れになり、『万葉集』は編集者不明のただの寄せ集めの歌集になってしまったのです)
「……」
(分かりますね? 『万葉集』には政治批判の歌や、あなた方の秘密を暴露する歌も入っていた。だからあなた方がそれらを抹殺し、中途半端になった歌集を帝に献上したのです。後に帝は、その中からさらに私の歌や、私の功績に関わる歌も削除しますが)
「ぬぬぬ………」
(何ですか? 私は何か間違ったことをいっていますか? 言い訳なら、あの世でゆっくり聞いてあげますよ)
「へ?」
(そうです。あなたは今から死ぬのです!)
「え……、そんな急に……。いっ、嫌だーっ!」
 小黒麻呂は転がり逃げた。屋外へ逃亡した。
 早良親王は追ってこなかった。
「た、助かった……」
 助かってはいなかった。
 代わりに別の影が彼の前に立ちはだかった。
(どうも〜)
「誰だ?」
(お忘れですか? 山辺ですよ。あなたの進言によって皇太子の殺人罪を一身になすり付けられて処刑された、内舎人の山辺春日ですよ)
「何だと……」
(うれしー! 思い出しましたねっ)
 そう言うと、影は小黒麻呂に覆い被さった。
「ぎゃあぁあぁあぁぁー!!!」

 その夜より、小黒麻呂は病臥(びょうが)した。
 桓武天皇は彼のために特別に正倉院
(しょうそういん。奈良県奈良市)秘蔵の薬を分け与えたが、その甲斐なく延暦十三年(794)七月一日に死んだ。享年六十二。

『これからは私の時代だ。私の天下がやって来るのだ!』
 彼が待ち望んでいた平安京遷都は、そのわずか三か月後のことであった。

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