行基の生涯 - 歴史チップス

１．行基の生涯

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新年の御挨拶

１．行基の生涯

２．温泉伝説1 ～鳥類バージョン

３．温泉伝説2 ～病人バージョン

行　基　PROFILE
【生没年】	668-749
【別　名】	行基菩薩
【出　身】	河内国(当時。後の和泉国) 大鳥郡蜂田郷(大阪府堺市)
【本　拠】	家原寺(堺市)・薬師寺・菅原寺(奈良県奈良市)ほか
【職　業】	僧・土木事業家
【役　職】	大僧正
【　父　】	高志才智
【　母　】	蜂田古爾比売
【妻　子】	ナシ
【主　君】	聖武天皇
【後　援】	橘諸兄・藤原仲麻呂ら
【　師　】	義淵・道昭・智鳳
【弟　子】	丹比大歳・景静・法義ら
【仇　敵】	玄��
【墓　地】	竹林寺(奈良県生駒市)

　行基は、奈良時代の人間ブルドーザーである。
　昭和の人間ブルドーザー・田中角栄とは、対極を成す建設史上の巨星であろう。その業績の結果、彼は古代仏教界の鉄人・鑑真(「女帝味」「呪い味」参照)と並ぶ奈良時代の二大高僧として、小学校の教科書にも載るようになった。

　だが、
「行基は何をやった人ですか？」
　と、問われて、答えられる人は少ないに違いない。
　鑑真なら分かる。
「唐招提寺を建てた人だ！」
「それなら、行基が建てた寺の名は？」
「……」
　出てこない！
　行基は寺を建てていないわけではない。彼は畿内だけでも四十九院、全国にあまりにたくさん造りまくったたために、代名詞になるような寺は存在しないのである。

　行基が造りまくったのは寺だけではない。
「行基図」という日本最初の地図を持って全国を渡り歩き、人に請われるまま、いろいろなものを造りまくった。
「川が渡れないんです～」
　と、言われれば、橋を掛けてあげた。
「雨が降らなくて困っているんです～」
　と、言われれば、ため池を掘ってあげた。
「津波、怖いんです～」
　と、言われれば、湊(みなと)を造ってあげた。
「出かけるのに不便なんです～」
　と、言われれば、布施屋(宿泊施設)を設けてあげた。
　有名な大輪田泊・河尻泊(かわしりのとまり。兵庫県尼崎市)・魚住泊(なすみのとまり。兵庫県明石市)・室津(むろのつ。兵庫県たつの市)・韓泊(からのとまり。兵庫県姫路市？)・狭山池(さやまのいけ。大阪府大阪狭山市)・昆陽池(こやのいけ。兵庫県伊丹市)・山崎橋(やまざきのはし。京都府八幡市・大山崎町境。現在は橋はない)・泉橋(いずみのはし。奈良県奈良市・京都府木津川市境)などは、みなみな行基とその仲間たちが造ったり改造したりしたものである。

　その結果、行基は人々にあがめられた。
「まるで菩薩のようなお方じゃ」
　そして、こぞって彼に寄付を行った。
　行基はにんまりした。実はそれが目的だったのである。彼は聖武天皇プロデュース、古代史上最大の国家プロジェクト・東大寺盧舎那仏(盧遮那仏)造立の資金集めのために、全国を勧進して回っていたのである。
　行基には信念があったのであろう。
「私は民衆に『カネを出してくれ』などとは頼まない。民衆が自分から進んで出したくなるようなことを、こちらが先にしてやればよいのだ」

　行基の木像が現存している。
　頭は丸坊主だが、坊さんらしくない険しい表情をした屈強の老人である。
「怠けとるな、ボケ！」
　今にもどなりそうな、鬼の現場監督のような表情である。後世に名をとどろかすカリスマ豪腕建築家は、頑固で短気だったかもしれない。

　平安時代の説話集『日本霊異記(にほんりょういき)』や『今昔物語集』などにこんな逸話が載っている。

　あるとき、行基は飛鳥(あすか。奈良県明日香村)で説法を行った。
　大勢の人々が説法を聞きにきていたが、その中に一人、イノシシの油で頭をなでつけていた女が交じっていた。
　行基は女に気付くと、こうどなった。
「クサッ！この血臭い女を、今すぐこの場から追い払え！」

　また難波(なにわ。大阪府大阪市)で説法をしていたとき、いっこうに泣き止まない駄々っ子を連れてきていた母親には、こう命じた。
「やかましい！女よ、その子を今すぐ川に捨ててきなさい！」

　つまり行基は、癇癖(かんぺき)で完璧(かんぺき)主義の男だったのである。
　自分を邪魔する者に対しては、女子供であろうが権力者であろうが容赦なかったわけだ。
「わしはいいことをやっているのじゃ。いいことをやっているわしに反発する者のは、たとえ誰であろうと排斥するのみじゃ」

　行基の活動は、当初朝廷から弾圧された。
　養老元(717)年、当時の藤原不比等政権は、彼の布教を禁止した。
「邪教を広めてはならぬ」
　それでも行基はめげなかった。
「わしはいいことをやっているのじゃ。いいことをやり続けていれば、いずれ朝廷も認めてくれるじゃろう。認めてもらえなければ、たとえ権力であろうとも、戦うのみじゃ」

　行基は連日汗水流し、ブルドーザーのように働いた。
「行基様が木を切っておられる」
「穴を掘っておられる」
「縄をなっておられる」
「よし、おれたちも手伝おう！」
「わしもわしも！」
　こうして、次第に行基軍団は膨張していった。
　天平十三年(741)までに行基とその仲間たちが畿内一帯に造った施設は、寺三十四、尼寺十五、橋七、池十五、溝七、堀四、樋三、湊二、直道一、布施屋九か所に及んだという。

「行基め、やりよるわ」
　次の長屋王政権以降、朝廷は彼らの活動を黙認した。

　天平十五年(743)十月、時の帝・聖武天皇が紫香楽宮(滋賀県甲賀市)にて大仏造立を思い付き、恭仁京(京都府木津川市)にて大仏造立の詔を発した(「辞任味」参照)。
「朕(ちん)は、天地安泰のため、人々の幸せのため、今まで見たこともないような巨大な仏像を造りたい思う」
　時の宰相・橘諸兄が、表向きは困ったように、内面うれしそうに言った。
「カネが掛かりますよぉ。えへっ」
「いや、お前たちに任せずに、あの男を登用すればカネはそんなにかからない」
「あの男とは？」
「行基じゃ」
　聖武天皇は行基に資金集めのための勧進を任せた。

　天正十七(745)年、行基は大僧正(だいそうじょう)に任ぜられた。
　これには僧綱(そうごう。僧尼・寺院を支配する役所)のトップ・僧正を務めていた玄ボウ(ボウは日偏の右に方)が不思議がった。例の「両手に花の生臭坊主」である(「暴発味」参照)。
「何ですか、大僧正ってのは？」
　聖武天皇は平然と答えた。
「新しく、僧正の上に新設した僧綱の最高職だ」
　つまり行基は、玄ボウを飛び越えて仏教界のトップを奪取したわけである。
「そんな……。僧正であるわしの立場は――!?」
　玄ボウは不満だった。
　聖武天皇はなだめた。
「僧正はこれからは行基の下で、大仏造立に励んでほしい」
「ヤツの下で！」
　玄ボウはおもしろくなかった。
「なんでわしがヤツなんぞの下で！ケッ！嫌なこっちゃ！」

　玄ボウはいいことを考えた(悪いことだが……)。
　放火するなどして行基のすることなすこと邪魔してやったのである。
　燃え上がったのは、行基の怒りの炎であった。
「わしはいいことをやっているのじゃ！ええい、邪魔するヤツは排斥するのみじゃ！」
　行基は、当時頭角を現してきていた若手政治家・藤原仲麻呂と結ぶと、共に玄ボウ排斥を画策した。
「玄ボウは悪いヤツでっせ」
「実は放火魔の正体は玄ボウでんがな」
「そうだったのか……」
　この結果、玄ボウは飛ばされた。大宰府に左遷されたのである(「辞任味」参照)。

　その後、大仏造立は順調に進んだ。
　天平勝宝四年(752)、盛大に大仏開眼供養(大仏開眼供養会)が行われたが、その席に行基の姿はなかった。彼はこの三年前に八十二歳で没していたのである(「印度味」参照)。
　鎌倉時代の和歌集『新勅撰和歌集(しんちょくせんわかしゅう。後堀河天皇下命・藤原定家編)』に彼の辞世が載っている。

　　のりの月ひさしくもがなとおもへどもさ夜ふけにけりひかりかくしつ

＊　　　　　　　　　　＊　　　　　　　　　　＊

　行基は全国に勧進行脚に出かけた折、各地で温泉を発見したり、整備したりしている。
「疲れた人夫たちをくつろがせるには、温泉が一番じゃ」
　そう思って温泉発見にも尽力したのであろう。
　彼の温泉にまつわる逸話には、二つのパターンがある。
　カラスが出てくる逸話と、病人が出てくる逸話があるのである。
　次にその二つの逸話をご紹介したい。