1.高橋長者 | ||||||||||||||
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飛鳥時代、若狭小浜に高橋権太夫(たかはしごんだゆう)という長者がいた。
古墳時代、若狭は若狭国造が治めており、高橋氏は国造家・膳(かしわで)氏の子孫なので、彼もまたその一族と思われる。
あるとき、権太夫はシケの日に船を出そうとした。
「いけません!今日は危ないですから」
使用人たちは止めたが、頑固な権太夫は聞かなかった。
「なーに。おれが乗れば風はやむ」
そんなはずはなかった。
船は出航まもなく転覆し、権太夫は海へ投げ出された。
「あれー!」
どのくらい時がたったであろうか?
「うーん」
権太夫が目覚めると、そばに見知らぬ美女がいた。
「お気づきですか?」
美女はニッコリ微笑んだ。
「ここはどこだ?まさか、あの世か?」
美女は否定した。
「いいえ。その途中ですわ」
「おれは死ぬのか?」
「それは私の王様次第ですわ」
「王様?――つまり、閻魔(えんま)大王のことか?」
美女は無言で微笑むと、王様が住むという見たこともないきらびやかな宮殿に案内した。
ぶったまげている権太夫の前に、
「どうぞどうぞ」
次から次へと豪勢な料理が運ばれてきた。
権太夫は初めは恐る恐る、一口食べてみてからはバッカバッカ食べまくった。
「うまいうまい!おれは料理にはうるさいつもりだが、これらはどれもこれもまったく非の打ち所がない至高の美味だ!このようなうまい料理、おれは生まれて初めて食べた!」
王様とやらが現われて笑った。
「そうか。気に入ったら、いつまでもここにいていいぞ。迷惑ではない。その女の顔には、おまえのことを気に入ったと書いてある」
美女は顔を赤らめた。
権太夫は悪い気はしなかったが、断った。
「いえ。私には今年十八になる娘がいます。あいつがどんな男と結婚するかを見定めるまでは死にたくはありません。私をどうか若狭へ帰してください」
美女は悲しそうだった。
王様とやらは残念がった。
「つまらんのう。まあ、おまえがそう願うのであれば、引き止めることはできぬ。帰してやろう」
「ありがとうございます」
権太夫は喜んだ。
ただ、気になるものがあった。
お膳(ぜん)に見たこともない何かの切り身があったのである。
「ところで王様。このぶよぶよしたのは何の肉ですか?」
「ああ。それは人魚じゃよ」
「ニンギョ!? それはなんですか?」
「人の頭をした魚の肉じゃよ。顔が人ゆえに人の言葉もしゃべる。さっき調理場で『いやー!殺さないでー!』って、悲しげに泣き叫んでいたが、聞こえなかったか?」
「いいえ、何も」
権太夫は気味悪がった。
「人魚の肉は甘露のようにうまく、不老長寿になれる妙薬じゃよ」
いくら勧められても、食べる気にはなれなかった。
「せっかくですから」
美女はお土産に人魚の肉を包んでくれた。
しばらくして、権太夫は目覚めた。
周囲を大勢の人が取り巻いていた。
「あ、長者さま!」
「長者様が息を吹き返されたぞ!」
権太夫は起き上がった。
いつの間にか故郷の浜辺に打ち上げられていたのであった。
「よかったー!」
権太夫の家内が喜んで飛びついてきた。
「お父さまー!」
娘も泣きじゃくりながら抱きついてきた。
権太夫は実感した。
「ああ、間違いなくおれは生きている。さっきのは夢か?」
「さっきのって?」
「なんでもない」
権太夫は立ち上がった。
どちゃ!
懐から何か落ちた。
例のお土産の包みであった。
(あれ!夢じゃなかったのか!?)
「なにこれ?」
娘が拾って首をかしげた。
権太夫がバッと奪い取って懐にしまいこんだ。
「なんでもない」