6.年齢不詳 | ||||||||||||||
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またまた二十年ほどが過ぎた。
聖武天皇の御世、藤原四兄弟が幅を利かせていた頃である。
何人かいた子はみんな死に絶え、孫やひ孫の世代になっていた。
「おばあちゃんは若いねー」
孫やひ孫たちは初めのうちはそう呼んでいたが、「おばあちゃん」と呼んでも他人は信じないので、いつしか誰もそう呼ばなくなっていた。
孫やひ孫たちは千代のことを気味悪がった。
「それにしてもおばあちゃん、変だよね?」
「全然年とらないよねー?」
「本当のおばあちゃんじゃないんじゃないの?」
「きっとそうだ。そうじゃなかったら、キツネかタヌキか何か得体の知れないモノに違いない」
孫やひ孫たちは、たんだん千代の所に寄り付かなくなっていった。
さびしくなった千代は、何も知らずに言い寄ってきた男と内緒で再婚した。
名は伝わってないので「ダンナβ」としておく。
ダンナβは前夫と違ってブサイクで貧乏であった。
容姿や金銭的に劣等感を持っていた彼は、美少女に見える千代と結婚できてとても喜んでいた。
「夢みてーだ。このおらがバツイチとはいえ、こんなかわいい娘と結婚できるなんてー」
ところが、あるとき孫やひ孫たちに再婚したことがばれた。
千代は、ダンナβと孫やひ孫たちが深刻な顔で話し込んでいるのを見かけた。
千代は嫌な予感がした。
ダンナβは混乱して帰ってきた。
「千代。話がある」
「なーに?」
千代はますます不安であった。
「千代ってバツイチって聞いたけど、前夫の後妻だったの?」
「……」
「なんか変だよな。孫もひ孫もいる千代って、いったいどうなってるの?そもそも君って、いったいいくつなの?」
千代はニッコリ笑ってはぐらかした。
「ひとつ」
「個数じゃないよ!年齢だよ!何歳?」
「いくつに見える〜?」
「十五、六」
「それ以上何を求めるの?そう見えるならそれでいいじゃない」
「よくないよ。おらは君のダンナだよ。他人はどうあれ、ダンナにまで年を隠す必要はないじゃないか。誰にも言わないから、ホントはいくつなの?」
「……。言わない」
「なんで?」
「言うと驚くから」
「驚かないよ!」
「ホントに?ホントに驚かない?」
「ホントだって!おらを信じなよ〜。おらたち夫婦じゃないか〜。おらは君のことが死ぬほど好きなんだ。君のホントの年がわかったぐらいで、まさか君を捨てるようなことはしないよ〜」
千代は覚悟を決めた。
で、本当の年を明かした。
「八十歳……」
ダンナβは固まった。
「え……。ハチ……?二十八、だった……、とか?」
「ううん。はちじゅっさい」
ダンナβはぶっ飛んだ。頭を抱えた。しばしろれつが回らなくなった。
「はあはあ、は!は!はっ!はちはちはちじゅっさいぃー!!」
ダンナβは震える指を折って数えた。
「――ってことは、おらのばばばあちゃんより、はははるかに年上でねーかぁー!うえぇぇー!」
ダンナβは瞳孔(どうこう)全開で泡まで吹きながら、汚いものでも避けるかのようにおろおろ後ずさりした。
千代はとっさに必死で夫ににじり寄った。
「でも!でも!でもっ!十五、六歳に見えるでしょ!? でしょっ!? でしょっ!?」
ダンナβは目を白黒させながらも否定はしなかった。
「う、うん。かわいいよ……。千代はとんでもなくかわいいよ……。まるで、バケモノみたいに……」
その晩、ダンナβは千代を捨てた。
財産を全部持ち逃げして、どこか遠くへ逃げていった。