3.織田信長にも負けなかった

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地震は怖い
1.武田信玄にも負けなかった
2.上杉謙信にも負けなかった
3.織田信長にも負けなかった
4.豊臣秀吉にも負けなかった
5.それなのに……
    

 上杉謙信死後、天下はますます織田信長に傾いた。
 南飛騨領主・姉小路自綱は、
「これからは信長の時代だ」
 いち早く上杉景勝を裏切り、信長にこびへつらった。
 信長の正妻も自綱の正妻も、共に斎藤道三の娘なので、信長とはもともと義兄弟の関係である。
 これ以前、自綱は中飛騨に進出、天神山
(てんじんやま。高山。岐阜県高山市)城主・高山外記(たかやまげき)を滅ぼし、新居城・松倉(まつくら。同市)城を築いていたが、これによって上杉と結ぶ北飛騨領主・江馬輝盛との激突は必至となった。

 一方、氏理はどこに属するわけでもなく、相変わらず平和な日々を過ごしていた。
「いい心地だ」
 氏理は、帰雲城下のお花畑で大の字になり、目を閉じて寝そべっていた。
 うとうとしていた氏理は、何やらムニョッとほおが変形したのを感じて目を開けた。
 見ると、E子がしゃがんで棒で突付いてきたのであった。
「あら、まだ生きてた?」
 E子が言った。顔が残念そうだった。
「当たり前だ!」
 氏理が起き上がって怒ると、E子は、
「アハハハ!」
 と、笑ってダンナ・常尭のもとに逃亡した。
「義父さん、また、お昼寝ですか?」
 常尭、妻の肩を抱いて氏理のところに帰ってきた。
 氏理が不機嫌に言った。
「今、起きたところだ。お前も昼間っからイチャイチャしてないで、多少は馬の稽古なり、武芸の稽古なり、してはどうだ?」
「いーじゃないですか。どーせ誰も攻めてこないんだから」
 が、氏理は疑った。
「それはどうかな。世の中には変わり者がおるからのう」
 氏理は、ちょうどこっちに向かってやって来る人々を発見して指差した。
「見よ。うわさをすれば影だ」

 やって来たのは、川尻氏信と、見知らぬ武将であった。
「おお、殿。ちょうどよいところにいてござった」
 川尻は息を切らせながら、見知らぬ武将を紹介した。
「あ、こちらは織田家家臣の佐々
(さっさ・ささ)殿じゃ」
 佐々も息を切らせていた。ぺこりと頭を下げて自己紹介した。
「初めまして。織田信長の家臣、越中富山城将・佐々内蔵助成政
(くらのすけなりまさ)です。安土城の築城の際は、どうも結構なものをありがとうございました」
 氏理は、信長安土城を築城した際にいくらか砂金を献上していた。が、断じて臣下に属したわけではない。
 氏理は聞いた。
「ほう。その信長の家臣が、白川郷に何の用だ?」
 氏理の問いに、佐々が答えた。
「内ヶ島殿には、織田家に対して臣下の礼をとっていただきたいのです。南飛騨の姉小路殿のように。そして、その証として、照蓮寺を血祭りに上げていただきたいのです」

 天正八年(1580)、信長は全国一向一揆の総本山・石山本願寺を総攻撃、閏三月には本願寺法主・顕如(けんにょ。本願寺光佐)に白旗を挙げさせ、十一月には本願寺最強支店・加賀の一向一揆も鎮圧していた。
 つまり、信長にとっては、本願寺白川郷支店・照蓮寺も大いに目障りな存在なのである。

 佐々は続けた。
「かつて貴殿の祖先・為氏殿は照蓮寺を追放しているではありませんか。それと同じことをやっていただきたいのです」
「この内ヶ島に、織田の家来になれと?」
「その通りです。このことは内ヶ島殿のためにもなるんですよ」
 氏理は常尭を見た。常尭は笑っていた。
 氏理は佐々に聞いてみた。
「断ったら、どうなる?」
「仕方ありません。容赦なく攻め滅ぼすまでのこと」
「うぷぷっ!」
 氏理は吹き出した。声高らかに笑うと、常尭に言った。
「聞いたか、常尭! 織田は今まで誰も攻めてこなかったこの白川郷に、攻めてくるそうだ!」
 常尭も笑って言った。
「佐々殿。貴殿はここまで来るだけでもヒーヒー息を切らせていたじゃないですか。その状態で城攻めは到底無理でしょう。戦になれば、我々は帰雲城の詰めの城にこもって戦うでしょう。ほら、あの雲で山頂も見えない高い山の上にある城です。いくら織田軍が強いといっても、攻められるはずないでしょう」
 佐々は言い切った。
「我が織田軍の前に、難攻不落という城はありません!」
 氏理は言い返した。
「おもしろい! 攻められるものなら、攻めてみろ!」
 氏理は川尻に命令した。
「川尻。佐々殿に帰雲城の『仕掛け』の一部を見せてやれ」
「いいんですか?」
「いいのだ。どうだ、佐々殿。難攻不落の『仕掛け』見たくはないか? それを見れば、とても攻める気は失せてしまうと思うが」
 佐々は、額の青筋をピクピク踊らせながら言った。
「下見しておきましょう。城攻めの参考として。でも、内ヶ島殿。城を落とされてからピーピー命乞いしても知りませんからねっ」
 こうして佐々は、川尻に帰雲城内を案内された。

 日が西に傾く頃、佐々と川尻は帰ってきた。
 佐々はすっかりゲッソリしていた。
 氏理が聞いた。
「どうです? 多少は城攻めの参考になりましたかな?」
「へ!」
 佐々はビクッとした。激しく首を横に振って否定した。
「とっ、とっ、とんでもない! 織田は金輪際、白川郷に攻め入ることはないでしょう。あるはずないじゃないですかっ! はははっ! 白川郷、万歳ー!」
 佐々は、川尻にずっしり重たいお土産の箱をもらうと、いそいそ足早に帰っていった。
「何だ、あの豹変ぶりは?」
「帰雲城の『仕掛け』に、すっかり恐れ入ったようだ」

 事実、それ以後織田軍が帰雲城を攻めることはなかった。

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