1.変死!藤原菅根!!

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陸山会事件
1.変死!藤原菅根!!
2.早世!藤原時平!!
3.溺死!源 光 !!
4.再死!三善清行!!
5.蘇生!源 公忠!!
6.悶死!醍醐天皇!!

 延喜三年(903)二月二十五日、大宰権帥(だざいのごんのそち)菅原道真は、遠の朝廷大宰府(福岡県太宰府市)で死んだ。享年五十九(「受験味」参照)
 その前月、死を悟った道真は、遺作詩集『菅家後集
(かんけこうしゅう)』を門人・味酒安行(うまざけ・まさけのやすゆき)に託し、親友・紀長谷雄(きのはせお)に送り届けさせた。
「主人の遺作でございます」
 長谷雄は『菅家後集』を手に取り、読んで泣いた。
道真よおー!」
 で、それを前参議
藤原忠平にも見せた。
 忠平はうなった。
「まことに……、まことに……」
 長谷雄が聞いた。
左大臣
(藤原時平)にも見せましょうか?」
「やめたほうがいい」
 忠平はそう言うと、理由を付け足した。
「菅先生の作品は死後も政局になる」

 この年、畿内ではひでりが続き、疫病が流行した。
 翌延喜四年(904)も雷雨が続き、夏には雹
(ひょう)まで降った。
 賀茂川
(かもがわ。京都市)の水は氾濫(はんらん)し、濁流となって平安京を襲った。
 人々はうわさした。
「これはいったいどうしたことだ?」
「ひょっとして、菅公のたたりではないのか?」
「違いない!道真様があの世で怒っておられるのだ!」

 ピカッ!
 ゴロゴロゴロ!
 ドガシャーン!
 落雷は内裏清涼殿
(せいりょうでん)のすぐそばでもあった。
 時の帝
(みかど)醍醐天皇は仰天した。
「ぎゃっ!まさか、ここにも落ちるんじゃないか!?」
「フッ。大丈夫ですよ」
 藤原時平は気丈に振舞った。
 醍醐天皇はおびえた。
「それにしてもおかしい。人々は菅家のたたりだとうわさしている。しかしなぜ菅家が恨みを持つようなことをする?自業自得ではないか!それとも、ひょっとして、菅家は無実だったのではあるまいな?」
「無罪のはずはありません!菅家は悪人です!悪人だったからこそ、流刑にされたんですよっ!」
 ピカピカ!
 ドッカーン!
 また、近くで落雷が起きた。
「ひょえー!」
 醍醐天皇は跳び上がったが、時平は太刀
(たち)を抜き、切っ先を黒雲に向けて言い放った。
「ひかえおろー!あなたは生前、一度たりとも私の官位を上回ることはなかった!死んでからも同じことだ!頭が高い!下がれーっ!」

 延喜六年(906)、醍醐天皇は連座で流刑にされていた道真の子達の罪を許し、長男・菅原高視(たかみ)を本官・大学頭に復した(「菅原氏系図」参照)

 道真のたたりにおびえている人は大勢いた。
 参議藤原菅根
(すがね)もその一人であった(「藤原南家系図」参照)
(おれは左遷に加担した。滝口の武士を率い、左遷に反対した先帝
(宇多法皇)を閉め出したのだ。さぞや菅先生もおれのことを恨んでいるだろうな)
「もっちろん恨んでますよぉ〜」
「へ!ま、まさか……」
 菅根はびっくりして、おそるおそる振り返った。
 背後にいたのは尊意
(そんい)という天台宗僧であった。
「なんだ、びっくりしたー」
 後に天台座主
(てんだいざす。天台宗のドン)大僧都(だいそうず。僧綱ナンバーツー)まで昇る高僧であり、密教秘法の達人である。
「菅家の亡霊かと思われましたかな?」
「なぜそれを?」
「その天満大自在天神
(てんまんだいじざいてんじん)からあなたにと、ことづてを頼まれましてな」
 尊意は生前、道真仏教の師であった。
「何?テンマンダイジザイテンジン!?私にはそんなケッタイな知り合いはおりませんが」
「そんなはずはない。天満大自在天神とは、菅家の怨霊
(おんりょう)のことじゃ」
「うえ!」
「生前の菅家は優しい方でおられた。恨みつらみを晴らすこともなく、全部胸の奥に貯め込んでおられた。――ところが先年、菅家は亡くなってしまった。肉体が滅びたことによって、器がなくなったことによって、それまで詰め込んでいたすべての恨みつらみが爆発するようにあふれ出て、際限なく大暴れし始めたのじゃ。先年から続いている天候異常などはその表れなんじゃよ」
「そうですか……。で、菅先生は、私には何と?ことづてがあるのでは?」
「そうそう。そうじゃった。あなたにはどうしても死んでもらいたいそうじゃ」
「!」
「それも、今すぐに」
「!!」
 菅根はあわてた。
「や、や、や、やめてくれっ!いくらなんでも、そんな、急すぎる!――おい!そういえば貴殿は密教秘法の達人ではないか!秘法で助けてくれっ!」
 菅根はすがったが、尊意はつれなかった。
「わしは確かに達人といわれているが、菅家の恨みの力は万物を超越している。とてもわしなんぞのかなう相手ではない。残念だが、あきらめなされ」
「そんな無責任なっ!」
「ほれ。上を御覧なされ。菅家はすでにお出ましじゃ」
「何いー!」
 菅根が見上げると、不気味な黒雲が頭上にあった。
「クソッ!」
 菅根は逃げた。
「おれはまだ死にたくねえー!」
 全速力で逃走した。
「おれは死んでるヤツなんかには負けねえー!」
 でも、やられた。
 ピカシャーン!
 ビリビリビリィ〜!
「ぐべぇ!」
 どちゃ!
 菅根は一筋の煙を上げて動かなくなった。
 時に延喜八年(908)十月七日。享年五十三。

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