1.ぐちゃぐちゃ春日山城 | ||||||||||||||
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弘治二年(1556)三月、越後国主・長尾景虎(後の上杉謙信)の居城・春日山城(かすがやまじょう。新潟県上越市)では軍議が開かれていた。
「あれはおれの領地だ! 返せ!」
「そんなことはない。前からわしが管理していた」
が、本題とは全くの別件でもめまくっていたのである。
「何を、コノヤロー! こうなったら、出るとこ出てもらうぞー!」
「ここ以外にどこに出るところがあるんだぁー!」
「ほざけ! 隠れ反逆者が何を言うかぁー!」
「人のことをいえる分際か! お前のところにも甲斐の武田(たけだ)の使者が毎日のように出入りしているというではないかー!」
「『も』と言ったな! 自分で認めやがったなぁー!そこへ直れー! 裏切り者は斬(き)り捨ててくれるわー!」
「何をー! 返り討ちにされたいのかーっ!」
「まあまあ、二人とも仲良くしようや。主君の御前であるぞ」
激しく口論する越後箕冠(新潟県上越市)城主・大熊朝秀(おおくまともひで)と奉行・庄田定賢(しょうださだかた)を止めたのは、越後北条(きたじょう。新潟県柏崎市)城主・北条高広(たかひろ)。
ところが大熊は、北条にも食ってかかった。
「善人ぶって仲裁するな! お前なんか隠れ反逆者どころか、真の反逆者ではないかっ!」
そうであった。
北条は先の第二回川中島の戦(「2005年1月号 撤退味」参照)に先立って武田信玄に内通、昨年景虎に攻められて降伏、再服従したばかりであった。
「わしのは過去のことじゃ。現在進行形のお前たちとは違う」
「何だとー!」
「だから、おれは内応してねーってぇっ!」
上杉謙信 PROFILE | |
【生没年】 | 1530-1578 |
【別 名】 | 虎千代・長尾平三景虎・上杉政虎・上杉輝虎 |
【出 身】 | 越後国春日山(新潟県上越市) |
【本 拠】 | 越後春日山城(新潟県上越市) |
【職 業】 | 戦国大名(越後等国主) |
【役 職】 | 関東管領(1561-1578) ・越後守護代(1548-1578) ・弾正少弼・越後守 |
【位 階】 | 従五位下 |
【 父 】 | 長尾為景(越後守護代) |
【 母 】 | 虎御前 |
【義 父】 | 長尾晴景・上杉憲政(関東管領) |
【 兄 】 | 長尾晴景 |
【 姉 】 | 仙徳院(長尾政景室・上杉景勝生母) |
【妻 子】 | ナシ |
【養 子】 | 上杉景勝・上杉景虎 |
【主 君】 | 上杉定実・足利義輝・足利義昭ら |
【 師 】 | 天質光育ら |
【部 下】 | 宇佐美定行(定満)・本庄実乃・直江景綱(実綱) ・大熊朝秀・柿崎景家・新発田長敦・安田長秀 ・竹俣慶綱・甘粕長重・北条高広・金津義舊ら ⇒上杉二十五将 |
【仇 敵】 | 武田信玄・北条氏康・織田信長ら |
【墓 地】 | 林泉寺(新潟県上越市) ・金剛峰寺(和歌山県高野町) |
【霊 地】 | 上杉神社(山形県米沢市) ・春日山神社(新潟県上越市) ・善光寺(長野県長野市) |
収まるどころか激しくなる一方の家臣たちの喧嘩(けんか)に景虎はとうとう激怒して春日杯(かすがはい)を床にたたきつけた。
ガッシャーン!ぐわんぐわんぐわーん!
この特大の杯は凶器以上である。
景虎は真っ赤になってどなり散らした。
「貴様ら!なぜその怒りを敵に向けぬ!なぜ悪に向けようとせぬっ!毎度毎度顔を合わせれば、貴様らは喧嘩ばかりではないか!川中島(長野県長野市)の陣中でも、味方同士でもめていた!駿河の今川義元の仲裁で、とりあえず武田とは講和できたが、あのまま戦い続けていれば、間違いなく負けていたぞっ!しかも武田は今川と組んだ!相模の北条氏康(ほうじょううじやす)まで引き入れて駿・甲・相三国同盟を結びやがった!我らは今後、この三強と戦わなければならないんだぞっ!それなのに貴様らはいつまでこんな状態を続けているのだっ!ふざけるのもいい加減にしろ!恥ずかしいとは思わぬのか!すべては武田の計略だということがわからぬのか!禍(わざわい)というものは常に外からやってくるものだ!初めから内に禍などなーいっ!」
「まことにごもっともで」
諸将は恐縮した。
景虎は諭した。
「お前たちは利に動きすぎる。権力が何だ!利益が何ほどものか!権力やカネや土地ほど流動的で不安定なものはないっ!この乱世で確固たるものは唯一、正義なりっ!」
「でも、カネもいいものですよ〜」
段銭方(財政)を務めている大熊がつぶやいた。
内政を担当している越後与板城主・直江実綱(なおえさねつな。景綱)も言った。
「権力を否定しては政治はできませんな」
景虎は苦笑した。
「直江や大熊は、武田に組したいのか?」
「いや」
「そうは申しておりません」
「北条。武田のメシはうまかったか?」
「いえ、それほどでも……」
「去りたい者は去れ! 悪につきたい者はつけ! 我は武田には負けぬぞ! 絶対に負けぬぞっ!
なぜなら正義は我にあるからだ! 我は悪と戦うことをいとわぬ! 我にはいつも軍神・毘沙門天(びしゃもんてん)がついている!」
「どこに?」
「どこにとか申すなぁー! もし、今度今日のようなことがあってみろ! 我は貴様らが一番嫌がることをやってやるっ!覚えていやがれーいっ!」
景虎はそう言い残すと、奥に引っ込んだ。
諸将は考え込んだ。
「おれたちが一番嫌がること?」
「なんだそれは?」
「ウジウジいじめるとか?」
「無理やり酒を飲ませるとか?」
「領地没収?」
「処刑?」
「まさか『禁断の衣』を脱がれるとか……」
「ひえー!」
「それとも、御隠居なさるとか?」
「あるいは御自分だけコッソリ武田に寝返るとか?」
「ありえねー!」