2.奇 跡 〜 おぞましき気配

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北朝鮮その他もろもろのヤミ
1.結婚 〜 おぞましき生活
2.奇跡 〜 おぞましき気配
3.ウラ 〜 おぞましき絡操
4.立后 〜 おぞましき冷戦
5.双六 〜 おぞましき賭け
6.失恋 〜 おぞましき決意
7.廃后 〜 おぞましき呪い
 

 月日は流れた。
 井上内親王は、天平勝宝六年(754)頃に酒人女王
(さかひとじょおう)を生み、天平宝字五年(761)頃に他戸王(おさべおう)を生んだ(他戸の生年については、751年説などもある)

 逝く人々もいた。
 天平感宝八年(756)に父・聖武天皇は崩御、天平宝字六年(762)には、母・県犬養広刀自も死んだ。
 妹婿・塩焼王は、恵美押勝の乱に加担してぶっ殺された。
 神護景雲四年(770)八月四日、異母妹・称徳天皇も崩じた。享年五十三。

 異母妹の死には、悲しみはなかった。
「あの人は好きに生きてきたんだから、満足でしょう」
 称徳天皇道鏡の関係は、姉も知っていたことであろう。そして二人にまつわる数々のエロ話も、耳に入ったことであろう。これらの話はおもしろすぎるので、いずれまたの機会に紹介したい
(「女帝味」「奈良味」参照)

 問題があった。
 誰が次の天皇になるかである。
 称徳天皇には子がなかったため、皇太子も定めていなかった。
 彼女には安積親王と基王
(もといおう)という兄弟がいたが、二人ともずっと昔に早世していた。
 彼女の父・聖武天皇は一人っ子だったため、当然、その兄弟や子孫は一人も存在しない。
「じゃあ、誰が天皇になるのかしら?」
 井上内親王は考えたが、あることに気が付いた。
「そうだわ。うちには関係ないことだわ」

 ところが、にわかに客が増えたのである。
「おめでとうございます」
 客はみな、なぜか彼女をお祝いしてくれた。
 それも、左大臣・藤原永手
(ながて。「北家系図」参照)参議・藤原縄麻呂(ただまろ。「南家系図」参照)、同・藤原良継(よしつぐ。宿奈麻呂。「式家系図」参照)、左中弁(さちゅうべん。官房副長官)・藤原百川(ももかわ。雄田麻呂。式家)、民部大輔(みんぶのたいふ。財務次官)・藤原浜成(はまなり。浜足。「京家系図」参照)など、そうそうたるメンバーが次から次へと祝福しに来たのである。
 井上内親王は不思議がった。
「どういうこと?」
「御存知ないんですか? 白壁王卿が皇太子に決まったんですよ。あなたのダンナは次期天皇として即位されるんですよ!」
「へ!」
 井上内親王は絶句した。仰天した。絶叫した。
「あ、あの酔っ払いが天皇! ウッ、ウッソ〜!」

 ウソではなかった。 
 同日、皇太子になった白壁王は、二か月後に即位してしまった。
 伝四十九代・光仁天皇である。
 これにより、光仁天皇の息子たちは王から親王に、娘たちは女王から内親王に格上げされた。

 即位後、光仁天皇一家は当然のことながら内裏へ引っ越した。
 井上内親王は宮中へ戻ってきたのである。
「まさかここに戻って来れるとはねぇ」
 井上内親王は喜んだが、不安だった。
「もしかして、ダンナが天皇ってことは、あたしも政争に巻き込まれるってこと?」
 おぞましきヤミが、彼女の身にひたひたと迫りつつあった。

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