5.宇佐への使者 | ||||||||||||||
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翌日、改めて宇佐使を選出する朝議が開かれた。
各々推薦者を挙げようとしたとき、称徳天皇がこう切り出した。
「昨晩。夢を見ました。八幡大神が枕もとに立ち、『法均尼(ほうきんに)を使者とせよ』と、言われました。これは神夢でしょうか?」
すかさず道鏡が言った。
「まさしく神夢でしょうな」
左大臣永手は唇をかみしめた。神のお告げ、しかも天皇の神夢とあっては、誰も何も反対しようがない。
その隣で右大臣吉備真備はフッと笑った。
宿奈麻呂は末席で舌打ちした。
(雄田麻呂が言っていたことは、こういうことだったのか……)
法均尼――。
俗名は和気広虫(わけのひろむし)。
若い頃から女官として仕えてきた法均尼は、いつの間にか吉備由利(ゆり。真備の娘か妹)と並ぶ称徳天皇の最側近女官「偉大なるイエスマン」になっていた。
しかも都合が悪いことに、彼女は誰もが認める人格者でもあった。
道鏡は説明した。
「法均尼は貞順でまっすぐな女官だ。貧窮孤児や戦災孤児を進んで集めて養育している天使のような女性でもある。各々方。法均尼以上に宇佐使にふさわしい人格者がいれは、遠慮なく推挙して欲しい」
そんなもん、いるはずがなかった。
宿奈麻呂は悔しがった。
(何という恐るべきたくらみ! まるですべて初めから脚本が出来上がっていたような、実に見事に我田引水ではないか! 違う! これは女帝や法王だけの考えではあるまい。おそらく真備。あの小ざかしき人間百科事典が入れ知恵したに違いない!)
後の祭りであった。
こうして宇佐使は法均尼に決定したのである。
が、当の法均尼は重圧につぶされてしまった。
「ああ、なぜだか頭が痛いわぁ」
にわかに発病し、寝込んでしまったのである。
代わりに弟で近衛将監(このえしょうげん。近衛府判官=天皇親衛隊高官)の和気清麻呂が申し出た。
「姉は私が代わりに行けと申しております」
清麻呂もまた、称徳天皇の忠実な側近の一人であり、姉にも劣らぬ人格者であった。清廉潔白とは、彼のためにある言葉であろう。
称徳天皇も承認した。
「清麻呂であれば、法均尼が行くのと同じことだわ」
「そうですな」
道鏡も同じた。
念のため、道鏡は出立前の清麻呂を西宮に呼んで接待した。
「どうだ。人参茶を飲まんか? 瓜漬(うりづけ)はいらんか? 殺生禁止令を出しているため、肉類のツマミはないが」
清麻呂は言った。
「人間には弱き者を殺してまで生きる資格はありません。私は殺生禁止令に賛成しています」
道鏡は笑った。
「よく言った。お前とは気が合いそうだ。命あるものはみな命がある。そう。生けるものにはみな、平等に生命があるのだ」
確かめるように言った後、核心に迫った。
「お前は庶民天皇をどう思う?」
「……」
「庶民は天皇になれないものであろうか? なってはいけないものであろうか?」
「……」
「天皇も皇族も大臣も役人も庶民も奴婢も、みんなみんな同じ人間ではないか」
「……」
「そう。仏の前では女帝もオレもお前も他の者たちも、みんなみんな平等なのだ。かつて亡き聖武天皇は東大寺の大仏の前ではっきりとこう言われた。『朕はあなたの奴です』と。そうなのだ! 仏の前では天皇陛下ですら奴隷と化すのだっ!」
「……」
「お前は女帝と孤児たちの両方を見ているから、一度は疑問に思ったことがあるはずだ。どうして遊び暮らしている女帝が裕福なのに、懸命に働いている孤児たちが貧乏なのだと。どうしてこんな不公平が、平然と世の中をまかり通っているのだと……」
「……」
「そう。オレは孤児だった。働いても働いても貧乏だった。弟はそれでもマジメに働こうとした。でも、オレは嫌だった。だから僧になった。邪道でも早道でも意地でも出世してやろうと思った」
「……」
「オレはがんばった。雨にも負けず、風にも負けず、人の中傷や謀略にも負けず、歯を食いしばってがんばってきた。結果、オレは天皇と並び立てるほどの前人未到な地位まで昇り詰めることができた。そうなのだ!
オレは王手をかけたのだ! あと一歩でオレの夢はかなえられるのだっ! いや、オレだけではない。日本中の孤児たちの、庶民たちの、今まで誰も乗り越えることができなかった巨大な壁を、突破することができるのだっ! 今まで決して誰もかなえることができなかった大願を、成就させることができるのだっ! 神仏は我々を見捨てなかった! ずっとずっと見守って下さっていたのだっ! そして神は、ついにオレの血のにじむような努力を認めてくださったのだーっ!」
「……」
「お前は宇佐で神の言葉を聞くであろう!『道鏡を天皇にすれば、天下は太平になるであろう!』神は何度でも同じことを繰り返されるであろう! 神はオレの即位をお認めになられたのだ! この国の救われざるすべての人々の夢を、判然とかなえたもうたのだーっ!」
清麻呂は言った。
「法王が何をおっしゃろうと、私はただ、神の言葉の通りに報告するまでです」
道鏡は満足した。
「そうだ。それでいいのだ」
清麻呂は西宮を出た。
道端に孤児が座っていた。
やせ細った、汚らしい孤児であった
孤児は清麻呂を見ると手を差し出してきた。
「おじちゃん。なんかくれ」
清麻呂は懐に入っていた干し柿をあげた。
孤児は礼を言うと、喜んでむさぼり食らった。
そして、
「おいしいね。おいしいね」
と、何度も繰り返し、お辞儀をした。
孤児は弟や妹たちを呼ぶと、残りを小さくちぎって分け与えた。
「おいしいね。おいしいね」
弟も妹も、とってもおいしそうに食べると、
「おじちゃん、ありがとう」
何度もお礼を言って手を振って去っていった。
清麻呂は微笑んだ。
ふと、いつか干し柿を食べていた称徳天皇が、こんなことを言っていたことを思い出した。
『これ、ちょっとカビてない?
臭い! 汚い!
今すぐ捨ててっ!』
清麻呂は目頭が熱くなった。
(同じ干し柿なのに、食べる者によって、ぜんっぜん違うものだな……)
彼はこぶしを握り締めた。
通りすがりの老人が言った。路豊永(みちのとよなが。豊長)という老人であった。
「惑わされるでないぞ。孤児が増えたのは女帝と道鏡の政治が悪いからじゃ。道鏡が天皇じゃと。そんなことになれば、わしは現在の伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)になるであろう!」
伯夷・叔斉とは、主君を殺して天下を取った周(しゅう。古代中国)の武王(ぶおう)を批判し、山にこもって餓死したとされる伝説的人物である。
六月頃、清麻呂は神託の真偽を確かめるため、中臣習宜阿曽麻呂らとともに宇佐へ向かった。