6.クカタチってなんじゃいな? | ||||||||||||||
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允恭天皇の一番の業績といえば盟神探湯を行って氏姓を正したことである(これが業績といえるのであれば)。
が、これもおそらく、彼を尻(しり)にしいていた忍坂大中姫の建言であろう。
応神天皇の頃より、身分を偽る者が多く現れるようになった。そもそも大王応神の身分自体がウソっぽいので、無理もあるまい(「2004年12月号 紙幣味」参照)。
「わし、有名人の親類」
「おらなんか偉い人の子孫だよ」
「私なんかもっと偉い人の子孫だよ」
「実はオレ、大王の隠し子」
「ボクなんか神様の愛人の子だよ」
「あたいなんかもっともっとすごい神様の子孫だよー」
みんながテキトーなことを言い出したため、氏姓は混乱し、誰が高貴か馬の骨かわけがわからなくなっていた。こんなことが続いていれば、大和政権の根幹を成す氏姓制度は崩壊である。
允恭天皇は群臣たちに意見を求めた。
「君たち、何かいい方法はないかなー?」
群臣たちは口々に言った。
「どうか大王さまのお好きなように」
「そうですそうです。大王さまのおっしゃることは絶対ですから」
「大王さまなら、誰が本当のことを申しているか、ウソを申しているか、すぐにお分かりじゃないっすか?」
允恭天皇は困った。悩んだ。考えた。
「ほえーん?」
そこで大中姫が提案したのであろう。
「『盟神探湯』で決められてはどうですか?」
「クカタチ?それはなんじゃいな?」
「容疑者の手を熱湯の中に入れさせるんですよ。そうすると、本当のことを言っている者は何ともなく、ウソを言っている者だけが火傷するんです。一種の占いですよね」
群臣たちは思い出した。
「そういえば昔、武内宿祢もそれを行っていたそうな」
允恭天皇は喜んだ。
「おもしろそうだね〜。それに、そんな簡単にウソを見破れる方法があるんだったら、採用しない手はないね。やろうやろう」
允恭天皇四年(415?)九月、甘樫丘(あまかしのおか。奈良県明日香村)に探湯瓮(くかべ。熱湯釜)が置かれ、盟神探湯が行われた。
こんなもので正邪が分かるという科学的根拠はないと思うが、ウソをついていれば手が震えるので、震えない手よりも熱湯に多くさらされると思われる。
また、より疑わしい者を先に行わせれば、後になるほど冷めてくるため、火傷しにくくなるということもあり得る。
一番は精神的なもので、ウソをついている者は熱湯を目の前にして白状したり、怖がる態度ですぐに判明したりしたのであろう。